第6話 誇らしい

 結論から申し上げましょう。

 新婚初夜。

 なーんにも、なかった。

 何一つなかった。

 というか、寝室が別々だった。


 そんなわけで新婚初夜、新婦の私はひとりきりでベッドに寝たのだった。

 わりとぐっすり眠れた自分の胆力が誇らしい。


 次の日の朝。

 鏡台の前に座った私の髪の毛を梳かしながら、マチルダがこう言った。


「ブレア村長がこうおっしゃってましたわ。『さすがにルパートにはまだ早い。花嫁には悪いが、せめてルパートが竜の背に乗れるくらい成長するまでは待ってほしい』だそうですわ。ミント様、がっかりしないでくださいね」


「いや別にがっかりしてないけど! 私がなにかを期待してたみたいに言うの、やめてよ」


 なんか私がなにかをしたがってるみたいじゃない!

 もちろんそんなことは、……うん、まあ、うん、ないよ?

 私もなんの経験もないし怖いし。

 あとなにより、さすがにねえ。

 十歳は、ちょっと、ない。


「でもほんと、ミント様が羨ましいですわ。ルパート様ってほら、すごくおきれいなお顔をなさっているでしょう」


 うんうん、それは確かに。

 美少年を通り越して美少女にすら見える端正な顔立ちをしている。


「村の女の人たちはみんなルパート様に夢中だったんですよ。見た目だけでなく、心もとても素直で思いやりがある方で……。あと五年もすればどんなにか……。私も夫がいる身ながら、素敵な男の人になるんだろうな、ってそう思っていたんですの」


 ふーん、そっか。

『僕は命をかけて、一生あなたを守ります!』と言ってくれたときの、ルパートのまっすぐな瞳を思い浮かべる。


「でもさでもさマチルダ。ってことは私が村の人気者を横からかっさらっちゃったって形? ……私、村の女の人からいじめられない?」


 ちょっとそれは怖い。

 人間の嫉妬ってやつは怖いからなー。


「ふふふ、ミント様はそういうの気になさる方なんですね、ふふふ」

「いやわりと笑い事じゃないんだけど」


「大丈夫ですよ。ルパート様はいずれはこの村の村長になる方。あのルパート様の将来の伴侶はどんな方かしら、という噂はありましたけれど、そこに貴族出身のこんなかわいらしい方がお嫁に来て下さるなんて! ほらこの綺麗な金髪ったら! 素敵ですわ」


「そう? でもマチルダの赤い髪の毛も、私、好きだよ。似合ってるし」


「まあ、ありがとうございます、ふふふ。……村長の血筋に貴族の血が入るのは誇らしいことですし、それに……」


「それに?」


「ミント様はご存じないようですけれど。ミント様のお父様、竜騎士であらせられた元竜騎士団団長のガイナ様の乗っていらしたドラゴンはこの村の産竜なんですわ」


「サンリュー?」


「この地で生産された竜ということですわ」


 なるほど、馬なら産駒っていうけど竜なら産竜っていうのね。


「そのご縁もあって、十数年前にこの村が暴風雨にみまわれて大損害を被った時。私はまだ子どもでしたけど、はっきりと覚えてますわ、悪夢のような嵐でした……。そのとき、この村の復興にいろいろ力を尽くしてくださったのがガイナ様だったのです」


「ああそんなこともあったって聞いたことある……」



「あのとき、ガイナ様は壊滅的な被害を受けた我が村に私財を投げ売って支援をしてくださったのです」


「みたいだね。私が生まれたばかりくらいのときだったって。……お母様はともかく、もう亡くなっちゃってるけどお母様のお母様、つまり私から見ておばあ様ね、おばあ様はその時のことずっとお父様に嫌味を言ってたよ」


 赤ん坊が生まれたばかりでよそさまの支援にお金をつぎこんでたらそれはそう、としか言いようがない。まあ別にそれで貧乏になったってほどでもないみたいだからいいけどさ。


「でも……支援がなかったらこの村自体が消滅していたかもしれない危機でした。ですから、この村でのガイナ様の名声はそれはそれは高いものなのです。その娘様が未来の村長のお嫁さんに来てくださったのですもの、みな納得の一手でしたわ。我が村は全員ミント様のお味方です」


「そう?」


「ミント様のお父上に救われた我が村が今度はミント様を幸せにする番だって村長はじめとしてみなはりきっております。逆に、ミント様以外の女の人がルパート様の結婚相手となったらそれはそれは女同士の血みどろの闘いが起こっていたかも……」


「怖い怖い」

「それに」


 マチルダは鏡越しにふっと優しく笑って見せた。

 

「私もですけれど。ミントさまがあまりにも……かわいらしいので、村の女の人たち、一目でミント様のファンになったのですよ」

「まさかぁ!」

「ほんとですわ。貴族のお姫様なんて、会話するのも初めてだったんですもの! あのカーテシーの所作とかとてもお綺麗で、村の女たちは憧れてましたよ。本物の貴族のお姫様が、それもあのガイナ団長の娘様が村の一員になられたのですもの!」


 お姫様って。

 身分から言ってもそこまでのもんじゃないよ、私。

 けっこうがさつだしさー。

 あんまり期待しないでもらいたいな……。

 まあ、十数年前のお父様の善行には感謝しとこうかな。

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