第4話 婚姻の儀式
小さな村での婚姻の儀式は、つつましくも華やかで楽しいものだった。
もちろん、貴族の結婚式みたいな大仰で荘厳なものではない。
でも。
この国で広く信仰されている女神像の前で、参列している村の人々の顔はみんな笑顔だった。
小柄な私がさらに背の小さい十歳の男の子と腕を組んでいる姿なんて、ほんとにおままごとに見えたことだろう。
ウェディングドレスはちょっとサイズが大きくてしっくりこなかったから心残りだけど、それでも私を見上げる真っ赤な顔の少年を見て、まあこれでもいっか、と思った。
うん、このちっこい子が大きくなって一人前の男になるまで、私がしっかり守ってあげよう。
そう思ったとき、ルパートが口を開いた。
「あの……」
「なんですか」
「ミント様、あの……」
「様はいらないですよ。今日から私はあなたの妻です」
おお!
自分で言っておいてなんだが、ちょっとジーンときてしまった。
そうか、私は今日から人妻なんだなー。
「ええと、ミント……さん。あの……僕が……」
「はい?」
「僕が、守るから」
「え? 何を?」
「ミントさんを、僕が一生かけてずっと守るからね! これは絶対に誓うから。僕は命をかけて、一生あなたを守ります!」
まだまだ成長途上の男の子が、顔を真っ赤にして私にそんなことを言うのだ。
そうか、私はこの子に守られる立場なのか。
ずっと、守ってくれるのか。
あ。
やばい。
ちょっと鼻にツーンときた。
お父様が亡くなってお母様までもが去年亡くなり。
あんな伯爵子息にいいように胸とお尻をまさぐられて(反撃したけどさ)。
下女たちに手をだしまくっては問題を起こしているあの弟のオリヴァーみたいなやつの妾扱いされかけてさ。
んでもって貴族のこの私が牧童の嫁にさせられるとか。
私にはもう真っ暗な未来しかないかもって思ってたけど。
そっか。
そっかー。
この子、私を一生かけて守ってくれるのかー。
へー。
ふーん。
かっこいいじゃん。
なんだかよくわからないけど、一瞬にして私の目の前がパァッと照らされて、明るい道が見えたような気がした。
「うん。よろしくね。一生、君に守ってもらうから」
私がそう言うと、ルパートは真っ赤な顔をきりっと引き締めて、
「うん、約束するよ」
と言った。
「こらこら女神さまに誓う前に当人同士で誓っちゃいかん。儀式には順番というものがあるんじゃぞ」
村長のブレアさんが私たちをたしなめると、参列席の村人たちが一斉に笑う。
優しい笑い方だった。
それだけで、ルパートやブレアさんの一家がこの村でとても愛されているのがわかった。
よおし、私もいいお嫁さんになるぞぉ!
改めて、神職者のおじさんが私たちの前にたち、女神さまへの聖なる言葉を唱え始める。
そして。
「夫となるべき男、ルパート・ウィンスロップに尋ねる。汝、豊穣の女神ラテイシア様の前にて。妻となるべき女、ミント・アルゼリオン・シャイナ・ミーシルガンを生涯愛し、慈しみ、守護し、ともに生きると誓約するか?」
「はい、女神ラテイシア様への信仰とともに。我が妻を愛します」
はっきりと言い切るルパート。
あれ、なんかもう私の方が緊張している感じだなあ。
「妻となるべき女、ミント・アルゼリオン・シャイナ・ミーシルガンに尋ねる。汝、豊穣の女神ラテイシア様の前にて。夫となるべき男、ルパート・ウィンスロップを生涯愛し、慈しみ、守護し、ともに生きると誓約するか?」
私は大きく息を吸う。
そりゃ、女に生まれてさ。
小さいころにはいろんな空想をした。
将来どんな素敵な貴族の人と結婚するんだろう、って夢見たこともあったけど。
うん、現実は農夫の男の子と結婚することになっちゃったね。
ごめんね、子供の頃の私。
でもさ。
私はすでに確信していた。
これが、世界で一番の最高な結婚だって。
私を見つめるルパートの大きくて澄んだ青い瞳、私は死ぬまでに何万回この瞳に見つめられることになるのだろうか?
根拠とか特にないけど、きっと、私たちは幸せになれるって思った。
だって私の心臓がこんなにバクバクしている。
そのせいで、全身に血液がいきわたってなんだかポカポカし始めた。
満たされた感覚、ふわっと意識が持っていかれそう。
私、幸せになる。この子を、ルパートを支えて立派な男にしてあげて、そして私は自分が育てた男に生涯守られるのだ。
私もはっきりと誓約の言葉を口にする。
「はい、女神ラテイシア様への信仰とともに。わが夫を愛します」
この瞬間、私はたった十歳の男の子と夫婦になったのだった。
「ではみなさま、あちらへパーティの席が用意してあります。今宵はとにかく飲みましょう!」
嬉しそうに言う神職者のおじさん。
ま、私らの宗教はお酒を禁じてはいないからいいんだけどさ。
それからのパーティもとても楽しいものだった。
村の少女たちが伝統的なダンスを披露してくれたり、楽器の得意な人たちが素晴らしい演奏してくれたり。
「おれだの村さ貴族様がいらっしゃった! それもあのガイナ様のお嬢様だ! こいだばほんとでめでたいの!」
「んだんだ。おらほの村もこれで格上になんでろ。なんせ次の次の村長からは貴族の血を引いてんなんぞ!」
「馬鹿、貴族はともかく見でみれ、あのミント様を! 気高く美しい! こんな美人さんもらてほんとでうらやましでー」
「んだのー。ほれ見れ、村の娘とは全然違うもの! お人形さんみたいにかわいらしくで! ルパードとほんとお似合いだで」
「いやー美人だのー」
「ほらお付きのマチルダがいってたけどな、性格もすごく優しくでいいんだと!」
「ほ~~~~! これは村の宝だ!」
いやー宝だなんて……。
みんな、言いすぎじゃないの?
だいたい、今現在、私が何を考えてるかみんな知らないからそんなことを言う。
ドレスを着るためにきっついコルセットを締めているのでなんかこうずっと苦しいし、でも目の前のお料理はすっごくおいしそうだし、今めっちゃおなかがすいているし、でもでも夫が手をつけてないのに花嫁の私ががつがつ食べ始めたらせっかくのお人形さんみたいな美人っていう評判に傷がつきそうだし……!
コルセットで苦しいけれどもこのごちそうを無理やりにでもおなかにつめこみたい!
でもそんなはしたないことできない……。
そんなこんなで笑顔を顔にはりつけながら、私は空腹とコルセットの苦しさで目が回る思いだったのだった。
そしてその時、突然。
「はっはっはっは!」
と大きな笑い声が聞こえてきた。
主賓、つまりルパートと私の背後からだった。
「かわいい弟分が結婚すると聞いて冗談かと思ったが……。ほんとに冗談かな、これは? 子どものごっこ遊びでも見ているようだ」
低くて胸に響くような、大人の男の声だった。
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