第3話 十歳かあ
「あ、あの、ぼ、僕……」
緊張からか震える声でそれだけ言うと、少年は視線を私の足元にむけて固まってしまった。
ブラウンの髪に青い瞳、花束を持つ手が震えてる。
身に着けているのは仕立ての良い礼服、すごく似合っている。
ええと、なんだろ、介添え役の子かな?
「あのお、私の結婚相手の方は……?」
傍らにいた村長のブレアさんに聞くと、ブレアさんは笑って言った。
「そこにいるのが私の孫ですじゃ。ほら、ルパート、挨拶をしなさい」
言われてビクンと身体を硬直させる少年。
「は、はい……ええと……」
ちらっと上目遣いに私を見ると、その途端、少年の顔ははさらに顔を紅潮させた。
すごい、もともとは雪みたいに白くて綺麗な肌が、一瞬で耳まで真っ赤になった。
あ、かわいい!
え、嘘、ちょっと待って、このレベルの男の子と、私が、結婚?
まだまだ幼い顔つきなんだけど、これ、将来は絶対にやばいことになる、っていう予感させるほどの整った顔つき、あれこれ私、とんでもない幸運を引いた気がする。
しかもまだ子供だから、私好みの男に育てることができるってわけ?
私自身も緊張してたのに、こんなの見ちゃったら緊張がどっかふっとんでしまった。
ハゲて太っていてチビでたまに女を殴るおじさんを想像していた私は、この子を見たら期待感で一気に全身がふわーっとなっていく。
おもわずにやけそうになるのを抑えながら、私は改めてスカートの端をつまみ、深く膝を折って挨拶した。
「お初にお目にかかります。私はドラゴン・ナイト、ガイナ・アルゼリオン・サリタウス・ミーシルガンの娘、ミント・アルゼリオン・シャイナ・ミーシルガンでございます」
少年はガチガチに緊張した顔で、
「は、はい、ぼ、ぼく……じゃない、わた、わたしがこの村の村長、ブレア・ウィンスロップの孫であり、今は亡きラルフ・ウィンスロップの子、ルパート・ウィンスロップ……です」
やばい、この子まだ声変わりもしていないじゃん。
とても綺麗なボーイソプラノがすーっと私の耳に入ってくると、 なんだか胸のあたりがじんわり暖かくなってくる。
こんなことってある?
しかも顔も整いすぎて女の子みたいだし……。
やばいよこれ、私の好みな感じだよ。
この子のお嫁さんになれるの?
十歳……。私が十六歳だからまあ十年後くらいだったらアリな年齢差だけど……。
十歳かあ……。
犯罪的な気もするけれど、我が国の法律では親か後見人の許可があれば結婚するにあたってほかに条件は特にない。
ガチの王族とかになるともっと若い年齢で結婚とかも聞いたことあるし……。
あ、やばい、私もなんだかモジモジしちゃってるぞ。
村長のブレアさんがそんな私たちを見て、ウンウンと頷いている。
うーん、なんか、こう、恥ずかしい。
「ルパートは十歳になったばかりで、まだまだ子供です。ミント様は十六歳でしたな? 二人とも若いが、そのうちお似合いの夫婦になりましょう」
「私はこの家にお嫁に来たのですし、もう貴族ではなくなるのですから、様はつけなくて結構ですわ。どうか、ミント、と呼び捨てになさってください。ルパート様もどうか……」
と、私の将来の……ってか数日後の旦那様は、真っ赤な顔のままで、
「ぼ、僕のことも様なんていらないよ! あの、僕のこともルパートと呼び捨てにしてください」
「そうはいきませんわルパート様」
「ル、ルパートでいいよ……」
うわーこの子、くせっけの髪の毛もさらさらでかわいいぞ。
「では、婚姻の儀式がおわったらそう呼ばせてもらいますわ、ルパート様」
「そ、そうだね。儀式は三日後だから……。それまでにいろいろ準備しなくちゃね」
結婚するまでは私はこの村の部外者だ。
だから、村長の家の一室にほとんど閉じ込められて、私は家政婦のマチルダにいろいろ儀式の手順を叩き込まれたのだった。
っていうかさ、農夫の家だっていうからどんな貧乏かと思ったら家政婦までいるのね。
思ったより裕福なのかな?
家政婦のマチルダは気さくな女の人で、いろいろ私に教えてくれた。
彼女は二十代半ば。
ほかの村人に比べて言葉遣いも綺麗で田舎っぽさがない。
おおらかな女性で、ちょっとしたことでも素敵な笑顔で笑う、気持ちのいいさっぱりとした女性だった。
めちゃくちゃ美人、ってわけではないけど、赤い髪の毛が似合っていてすらりとしている、好感のもてるお姉さんって感じだ。
この家の離れに夫婦で住んでいて、旦那さんは村長と一緒にドラゴンを育てているらしい。
「あはは、ミント様、そんなに裕福というわけでもございませんけれど、わが国でドラゴンを飼育できる技術を持つ牧場はこことあと一つしかありません。ドラゴンを操れるドラゴンナイト様だけではなく、王族や高級貴族のかたがた、それに国の中枢に入り込んでいるような大商人の方々も最近は一族の栄華の象徴としてドラゴンを飼う方も多くなってきておりますわ。あのね、ドラゴン一頭でいくらだと思います?」
「え、そんなの知らない……。私が元居た屋敷のアスモア伯爵子息のジュリアン……様も買おうと思ったけど高すぎるからすごく悩んでいるって噂は聞いたことあるよ」
「そうなんです、伯爵子息様すらちょっとビビるくらいの金額です。……金貨二千枚ですよ」
「金貨二千枚!?」
え、それまじで言っていますか。
金貨二千枚ってあんたそりゃ部屋が50くらいある貴族の屋敷が建ちますよ……。
そんなのを販売している牧場だから、それなりに余裕はあるってことか……。
なるほどね。
「ジュリアン伯爵子息様のお使いの方も、何度かこの牧場へいらして価格交渉していましたわ」
それを聞いて私はすぐにピンときた。
これさー。
ジュリアンのやつ、私をここに嫁に来させたのも、その〝価格交渉〟に入ってるんじゃないかなあ。
裕福でも農夫は農夫。
そこに貴族の娘を嫁がせるなんて、あまりにもあまりだし、私がジュリアンに嫌われていたってだけでそこまでする? って思ってたけどさ。
これ、私も代金のうちに入ってそうだな……。
ま、いいか。
あの子のお嫁さんにならなってやってもいいって気になってるし。
よーし、美形で美声の男の子の貞淑でつつましやかなお嫁さんになるぞ。
そいでもって私はここの牧場で穏やかで幸せなスローライフにいそしむぞー!
そして三日後。
婚姻の儀式が始まった。
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