第2話 私の結婚相手

 あんな屋敷にはとてもいられない。

 いやいや、無理でしょ、絶対に無理。

 一応私にもプライドってもんがある。

 あんな不細工の妾になって汚らしい生活送るくらいなら、身分もなにもかも捨てて田舎の純朴な青年の貞淑な妻になったほうが百倍ましだ。


 すくなくとも私はそういう価値観の持ち主だった。


 そんなほとんど自暴自棄な気分で、どことなりとも嫁にだしたらよい、と私は元婚約者のジュリアンにいってやったわけだ。

 そしたらジュリアンのやつ、なんか怒り狂って部下どころかとんでもないところへ私を嫁に出すことにしやがったのだった。

 なんでも、牧場の牧童だそうだ。

 竜騎士の娘であり、貴族の身分であったこの私が、牧童の妻……。

 しかし、この貴族社会、いちおう騎士の身分を受け継いでいるとはいえ、父母を失い、財産を失い、後ろ盾もなにもない十六歳の小娘一人、次期伯爵というとんでもない権力者にしてみればいかようにでもできる人形みたいな存在だ。

 私に屈辱を与えるために、一番悪い条件の男の元へ嫁に出すつもりらしかった。


 貴族の身分を失って牧童の妻、かあ。

 スローライフとしゃれこみたいところだけど、私みたいな元貴族、きっとそういう農村では死ぬほどいじめられていびられて泣かされるんだろうな……。

 毎日トイレに駆け込んではグスグス泣いちゃうんだろうな……。

 でもあの屋敷で性的なおもちゃにされるよりましだろう。……ましだといいな。


 どうか、純朴で純粋な青年でありますように!

 まだ相手の名前も年齢すらも聞いてないのに、追い立てられるように馬車に乗せられてしまったのだ、ジュリアンはよっぽど私をいやな目にあわせたいのだろう。

 胸とお尻を触られたあの時、思い切り股間を蹴ったのが悪かったか。

 医者まで呼んで大騒ぎしてたからなあ。

 でもさきにじかで手を突っ込んできたあいつが悪い。

 服の上からじゃないよ、直だよ、直。

 蹴るでしょ普通。


 で、その結果がこの、いやがらせみたいな結婚。

 でもただひとつ、興味深い点があった。

 それは牧場とはいっても、牛や馬ではなく、竜を扱っている牧場だということだ。

 竜、つまりドラゴン――この国において竜騎士とは単なる称号ではなく、実際にドラゴンに乗って自由自在に操ることのできる騎士を言う。

 ドラゴンはその巨大な翼で空を飛べるし、爆炎を吐く。

 一人の竜騎士の戦力は千人の重装歩兵に匹敵するといわれ、竜を乗りこなせる竜騎士はこの国の防衛力の根幹をなし、国中の尊敬を最も集める騎士だ。

 基本的には世襲であるのだが、ドラゴンを乗りこなすには特別な才能が必要で、竜騎士の子供はその才能を受け継ぐ可能性が高いが、だからといって必ずドラゴンを乗りこなせるわけでもない。

 その場合は子供は貴族のナイトの称号だけ受け継ぎ、竜騎士の立場は別のものが受け継ぐことになる。

 だから、私だって一応ナイトの爵位がある貴族だったってわけだ。


 ほかの国のことは知らないけれど、少なくともわが国ではナイトも世襲の爵位として扱われている。

 この国のならわしで、貴族が非貴族の家に嫁げば貴族の立場も失うことになるんだけどね。

 で、私の嫁ぎ先が、その竜騎士のためのドラゴンを繁殖し、育てる牧場というわけだ。

 私の優しかった父が竜騎士だったってことはつまり、ドラゴンに乗っていたのだ。

 私はドラゴンに触ったこともなければ、直接見たこともない。

 父が乗りこなしていたドラゴンって、どんな生き物なんだろう。

 それだけはとても興味のあることだった。


 粗末な馬車にゆられ、粗末な道を行く私。

 見送りも供の者もなく、私一人だけ。

 うーん、元婚約者のジュリアン、私を辱めようとわざとこういう扱いをしているんだよなあ。

 どんだけ嫌われてたんだ、私?

 そりゃ、婚約者に股間を蹴られて数日間寝込んだなんて噂が社交界に広がってしばらくのあいだ笑いものにされてたけどさ、それがそんなに私を恨む理由になる?

 ……なりそうだけど。

 さて、馬車が粗末な一軒の農家の前に止まった。

 ここが私の新しい家になるのかな?

 重い足取りで馬車を降りると。

 そこには二十人ほどの村人(?)たちが私を取り囲むようにして拍手していた。


「花嫁じゃ! 花嫁がきたぞ!」

「こんな小さな村によくぞ来なさった!」

「おお、やはり気高きお顔をされている……さすが竜騎士どのの娘殿!」

「あーらー、ほんとにめんこいのー! お肌もしろーーーい! やったやった、うれしい、お友達になりましょうね!」


 なんか大歓迎を受けてる。


「よくぞおいでくださいました。私がこの村の村長、そして花婿の祖父である、ブレア・ウィンスロップです。あなたが、ミント・アルゼリオン・シャイナ・ミーシルガン様でよろしいですかな?」


 がたいのいいおじいさんが私にそう声をかけた。


「はい、私がミントでございます」


 一応いまこの瞬間はまだ私は貴族なはずなので、貴族の娘らしく、スカートの端をちょっとつまんでカーテシーで挨拶する。


 同時に、「キャーーーッ!」と村の娘たちが声をあげた。


「おらあんな挨拶の仕方、はじめでみだ!」

「あたしも! あれ、めんこいのぉ! ほんとでああいう挨拶、するもんだなの!」


 うわ、まじで田舎なんだな、ここ……。 

 で、目の前のこのおじいさんが村長のブレアってことは、この人の孫と私は結婚することになるはず。

 このおじいさんの孫というと、いくつくらいの人なんだろ、おじさんじゃなきゃいいけど……。


 最悪おじさんでも、髪の毛さえあれば……。

 いや、髪の毛がなくても、それなりにそれが似合ってる感じだったら……。

 心の中で、どんどんハードルを下げていく私。

 ブレアさんは目じりを下げて嬉しそうに笑い、


「おやおやかわいらしい娘さんですな。こんな村ですが、式と宴の用意はできております。さてさてさっそくですが、花婿はこちらにおりますぞ」


 誰かが私の頭上で花びらを撒いた。

 きれいなピンク色の花びらがひらひらと舞う中、私はブレアさんに連れられて、家の中へと入っていった。


 わずか16歳の小娘を嫁にもらうだなんて、どんな奴なんだろう。

 禿でデブでどうしようもないスケベではありませんように!

 そうだったとしても、ええと、暴力だけはしない人でありますように!

 こう、最低限の人としてのやさしさがあって、まあ、ええと、頑張れば慣れちゃえる範囲の男の人でありますように!

 頑張りますのでよろしくお願いします!

 心の中で女神様に祈りながら、私は恐る恐る案内された部屋に入った。


 そこにいたのは、おじさんでも禿げでもデブでも、あと多分だけどスケベでも暴力的でもない男性だった。

 

 正確にいうと、男性というよりも、男の子だった。


 正装してガチガチに緊張している、10歳くらいの男の子が、顔を真っ赤にして花束を持って私を待っていたのだ。


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