伯爵子息様に婚約破棄されて農夫の嫁に出されました。え、旦那さまは10歳!?

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第1話 婚約破棄

「ミント、君との婚約はなかったことにする」


 晩さん会の席。

 テーブルの一番はしっこに座っていた私は、十六歳になったばかりだった。

 私は、顔を上げて私の婚約者――いや、たったいま元婚約者になった、アスモア伯爵子息を見た。

 この男、こういう場でそういうことを言いやがるか。

 舌打ちしたくなるのを抑えて、


「どういうことですか?」


 と私は尋ねた。

 ちょっと声が震えちゃったのが悔しい。

 婚約破棄を私に言い渡したこの男、名前はジュリアン・テシラルガン・イーヴァ・アスモア。

 整っているが、どこか品のない顔。

 彼は青みがかかった髪の毛をいやみっぽくかきあげ、


「どういうこともなにも――君は確かに竜騎士の令嬢ではある。そもそも、竜騎士も貴族のはしくれではあるが、伯爵の子息である私とは元からつり合いがとれてなかった」

「でも、父は――」

「君の父上は武功をあげた有名な竜騎士だったが、病気で亡くなってもう何年もたつだろう? そして君の母上もつい昨年、お亡くなりになった。残念なことだ」


 まったく残念そうではない表情でそういうジュリアン。


「私の父と君の父上は長い付き合いで、戦場において私の父上が君の父上に命を助けられたこともあったと聞く。その縁から私と君との婚約が決まったが、もはや君は孤児同然……。私の父も病気に臥せっているし、わがアスモア家の繁栄のためには、君のようななんの後ろ盾もない女と婚約なんて、考えられないね」


 あーあ。

 もともと好みの男じゃなかったけど、こんなみんなが集まっている中でわざわざそういうこと言うのか。

 私は視線を落とし、まったく手を付けていなかったメインディッシュの肉を黙って眺める。

 正直、そんな気がしてたんだよなあ。


 私達の婚約はみんなが知っていることとはいえ、まだ内々の決め事に過ぎなかった。

 今日の晩さん会が本来私たちの正式な婚約発表の場であるはずだったんだけどさ。

 私は出席している他の面々をそっと見回した。

 伯爵家につらなる貴族たちがずらりと並んでいる。

 夫婦で来ているものもあれば、子供連れもいる。

 

 で、私の席、一番末席なんだよね。


 本来であれば今日、ジュリアンとわたしとが、正式な婚約者となることを周知するはずだったのに、ジュリアンの隣どころか、一番端の席に座らせられた時点で私もなんらかの予感はしていたわけ。


 婚約発表の場で婚約者が一番端っこの席とか絶対ないでしょ。


 ジュリアンと私との婚約は、親戚なら全員周知の事実となっている事項だった。

 たんに形式的にも正式に発表するだけの、それだけの晩餐会だったはずなのに。


 あはは、と十歳くらいの男の子が笑い声をあげた。

 子爵のところの長男だ。

 私が必死に用意した衣装の、二十倍は上品な洋服を着ている。


「ミントなんて、ジュリアン様には似つかわしくなかったもん! こんなチビな女! 竜騎士の令嬢とはいえ、今はただの居候の貧乏人じゃないか、ぷぷぷ」


 と同時、大人たちもひそひそと、


「よかったわ……。ミント様の身分だと、アスモア家の嫁にはまったくふさわしくありませんでしたもの」

「昔はともかく、今はみなしごですものね」

「ジュリアンさまにはもっといいお相手がいますわ」

「みてあのみすぼらしいお洋服。よくあんなのでこの場にでてこられたわね」

「みなさんかわいそうよ、もうあの子は貴族なのに身体を売るくらいしか生きていくすべがなくなるのよ……ふふふ」


 みな、好き勝手なことを、わざと私に聞こえるように話す。

 父上、母上、ごめんなさい、と私は思った。

 とてもとてもやさしかった父上と母上。

 今娘がつらい思いをしているのを見たら、とても悲しく思ってくれるだろう。

 力のない娘で、ごめんなさい。

 と同時に、私をこんな感情にさせたジュリアンに対して強い怒りを感じた。


「それに、」


 ジュリアンは続ける。


「そもそも君は子供をつくるにはすこし……身体が貧相だ。……ねえ、そうだね?」


 あれか。

 ひと月ほど前、二人きりになったとき、いやだというのに無理やり身体を触ってきたのだ。

 胸やお尻やふとももや、結構な場所を触られた。

 それも、服の下に手を突っ込もうとしてきたのだ。

 私が強くそれを拒絶したおかげで、それ以上のことはなくてすんだ。

 でも、


「君には女性としての魅力がないね」


 と言われたのは一生忘れない。

 まあ、股間を蹴りあげたのは少しだけ悪かったかなとは思う。

 でもさ、暴力をふるった私の悪さが1だとしたら、同意もなく私の身体を触ってきたジュリアンの悪さは100以上あるはずなので、どちらかというと私は悪くない。いや、絶対に私は悪くない。

 やり返したとはいえ、その日はまだ夫にもなっていない男に触られてしまった悔しさで一睡もできなかった。

 人間が、いやしくも貴族の一員でもある竜騎士の令嬢である私が、こんなにも軽んじられ蔑まれていいわけがない。


「そうはいっても今となっては君は孤児だ。知っているよ、病気の母上の治療のために、父上が残した財産をほとんど使い果たしてしまったそうじゃないか。親孝行なことだね。しかしまあ結局亡くなったのだから、なんの意味もなかったね」


 そんな言いぐさ、人間がしていいものではない。

 ジュリアンは続けて言う。


「さすがに着の身着のまま放り出すというのは私の良心が許さない。そこで、私の一番下の弟のお付きという立場であれば、ずっとここにいてもよいと思っている。もちろん、貴族待遇でだ」


 ちらりとそのジュリアンの末の弟オリヴァーを見る。

 十五歳の彼は、私とは目線を合わせないが、口元が緩んで笑いを抑えきれないようだ。

 彼が私をどんな目で見ているかはなんとなく察している。

 豊満な女性がお好みのジュリアンとは違って、この弟の方は私のような貧弱体型がお好みらしい。

 今までも、年端もいかぬ召使相手に何度も問題をおこしてきたのだ。

 伯爵の子息という権力ですべてもみ消してきたけど、話に聞く限り、とてもひどいことを召使の女の子にしてきているのだ。

 それも私と同じブロンドの子ばっかり。

 金髪の小柄な女の子、つまり私みたいな子がオリヴァーのタイプってことみたい。

 庶民だったら犯罪者として刑罰を受けているレベルだ。

 

 ほんと、欲に狂った権力者というのは歯止めが効かない。

 そしてこのオリヴァーの欲望のはけ口として、私はぴったりの存在だってわけか。

 こんなゲスな兄弟、滅べばいいのに。

 私もこんな奴にいいようにされろというのか。

 お付きって聞いたことのない言葉だけど、要はめかけになれってことでしょ?


 竜騎士の娘たる私が!?


 こんな不細工で性格も悪いスケベなだけのクソガキの妾になれと!?

 それ、貴族待遇とはいわなくない!?


 まだ何も食べてないのに胃袋がひっくりかえって嘔吐しそうになった。


 このままこの屋敷にいれば、令嬢としての立場はもちろん、人としての尊厳も奪われる。


「もしそれもいやだというならば……そうだな、だれか独身の部下の嫁にでもなってもらおうか。女をあてがってやるのは上司の務めだからな。さあ、選ばせてやろう。貴族の身分のままで弟のお付きになるか、貴族の身分を捨て、卑しい身分の男の嫁となるか。さあ、選べ」

「卑しい?」


 私は言った。


「あなたがたよりも卑しい人間など、この世におりませんわ。良いですわ、低い身分の男の元へ、私を嫁がせるとよい。ただし、どんな低い身分の男であろうと、ジュリアン卿、あなたよりは卑しくはないでしょう」


 ジュリアンが顔を真っ赤にして怒り狂っているのがわかった。

 ま、しかし、先に人間性を侮辱してきたのはそっちからだからね。


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