第3話

 ある日、私は男の元を訪ねた。いかにも男は部屋に篭り続けて幾ヶ月の間も誰とも対面することなく、口すらきいてもらえない始末であった様で、流石に生死すらも確認できない現状に憂慮に深い友人方が、私へことの顛末を語り明かし、私が件よりの脱出へ機運をさそうと試みたためである。


 私はその部屋を前に、不吉な違和感を感じずにはいられなかった。玄関横の出窓には固くトタン板を打ちつけて中の様子は一切うかがえないようにしてあり、何より暗く湿っぽい玄関先には炭なのか苔なのかはっきりと正体の知れぬ腐食があって、それらはまるで玄関戸から漏れでた邪気の様に見えるのだ。


 私はまず手始めに呼び鈴を鳴らして、男の名を呼びながら軽く戸を叩く。…無論、向こうから返事が来ることはなく、戸に耳を立てれば風の吸い込まれるような音が聴こえて、余計に不安感を募らせる。流石に私一人にて訪れたことを後悔するが、持ち物も大層な用意もなく、ここで帰っては仕方ないだろうと、私は一つ策を考するのである。…なに、言わぬと知れど最も安易に思いつくものであって、そこの大家へ談をもちかけるというものである。


 男の部屋は集合住宅の一角にありて、そこがその建物で最も奥まった場所であった。何ヶ月何ヶ週と家賃を滞納し、警告書すら届くことはなく、保安部への相談をも視野に入れていたために、大家は私への協力を二つ返事で承諾し、男の部屋の合鍵を渡してくれた。然し、大家は部屋への同行までを嫌い、相当なまでに男の様子を恐れていた様子であった。


 大家より聞く話によると、昨晩まで軽快で紳士的な態度をした男の様子が、日に日に窶れて血色の悪くなるを目撃して、心配になりて男に訊ねると、目線の定まらぬ不安定な瞳孔のままに、足元もふら々と背の曲がった奇天烈な風貌へと変わり果てたことを察し、それ以降口をきくことすらを諦めた次第であるそうな。然し業務上の都合によりそれからも大家は、男の部屋の前にて中の様子を窺わんと試みるも、固く閉ざした扉と内から響めく奇怪な音声に、その場を退くを強いられるまでであった。


 とにかく、大家より受け取った部屋の合鍵を握りしめて、私は再び地獄の門の前へと立つのであった。

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