第五夜
「おっとすまない。怪我は無いかね?……ア!君、あの時の!」
「K・ナチスさん。イヤ、お久しぶりですね」
「やァ本当に。どうですか、〝ホワイトルーム〟楽しんでいますか?あ、遅れまして、此方私の名刺です」
〝ホワイトルーム〟の入口を警備員に開けてもらい、私が中に入ろうとすると、初日に助けてくれたK・ナチスとぶつかった。
私は、エ、こちらこそすみません。頂戴します。と下手に出る態度で謝りながら名刺を受け取った。
何日か〝ホワイトルーム〟に通ううちに顔見知りとなった他の客から聞いた彼の噂があまりにも良いものでは無かったので、出来ることなら邂逅したくなかったのだった。
(嗚呼。噂通り、後ろに〝物〟を引っさげて、堂々と歩いていらっしゃる__)
K・ナチスには常に自由に使っていい命が五個(正しくは五人であるが、ナチスの認識は個数なのでこちらを使用させていただく)あると客から教えてもらった事は限りなく真実だった。
一番奥の〝物〟は顔中顔まみれで、潰れてパーツが分からないくらいになってしまっている。別の〝物〟は爪と皮膚の隙間に沢山の爪楊枝を奥まで刺し入れられており、苦痛に耐えているようであったが、耐えきれないのか失禁していた。
K・ナチスに対しては、あの日に助けてくれた恩はあるが、〝そういう人〟だと知れば距離を置きたくなるのだ。誰だってそうだろう。
私は、助けて。と微かに聞こえる声を無視して〝ホワイトルーム〟に入ろうとした。
__が。
「そういえば」
そうK・ナチスの声が響く。
「艶花ナユの肌は心地良かったかい?」
ピク、とドアノブに触れる手が氷みたいに固まった。
昔、自分の情報が外部に漏れるのを恐れた私は、案内役の美少年にその点については大丈夫かと問うたことがある。
美少年は「客の指名情報を公開することはありません」とキッパリ返してくれたので私は安心していたのだ。
それなのにこの男は、客の指名情報を公開しない〝ホワイトルーム〟で私が艶花ナユと会っていることを知っているのだ。
「何故、それを」
「こうやって話していると、初めて会った時みたいだね」
K・ナチスは懐から煙草を一本取り出し、マッチで火をつけた。その彼の様と言ったら、まるで映画のワンシーンのように絵になっている。
「あの戯れはね、ナユと〝遊んでいる〟時に思いついたんだ。あのメールがランダムで見知らぬ誰かに届き、それを開いた人物を客として〝ホワイトルーム〟に招待する。……君はそれの三番目の客だ」
煙草の火を消したK・ナチスは私に近付き、熱い抱擁をしてきた。感激しているかのような、そんな声色で話す彼が心底気味が悪かった。
「……もし、〝ホワイトルーム〟に来なければ、私はどうなっていたのですか」
「殺すさ。残念ながらこの店は非合法だからね。外の人間にバレたら色々面倒なんだ。埋めるも分解するも、売るも、僕の〝物〟にするも、一人の人間をどう処理するかなんて、いくらでもやりようはある」
コココ、と奇妙な声をあげながら、K・ナチスは笑った。名刺に書かれた〝人権剥奪屋さん〟の肩書きは冗談ではないらしい。私の話す隙を与えたくないのか、彼はまた言葉を紡ぎ始める。
「君は確かに選ばれた。だが、それは運命の女神が行った事。真の運命たる艶花ナユが、わざわざ君を選んだのではない」
「何を言って」
「ナユはね、〝ホワイトルーム〟に閉じ込められた自分を助けてくれる王子様を待っているんじゃないんだよ」
私はギクリとしました。心の底を見透かされている気分になったのです。
あの深窓の乙女を〝ホワイトルーム〟から連れ出して、私の田舎に共に引っ込んで、共に生活出来たらどれ程幸せかと、私は常に考えるようになっていたからです。
「じゃあ、貴方が連れ出してやってくれ。彼女はあんなにも細くて、脆い。〝ホワイトルーム〟に居ると、彼女の全てを悪くさせる!」
自分の妄想が叶わないのなら、この男に託してしまえと、そして諦めよう、と投げやりに私は力強くK・ナチスに言い放った。
もうこんな奴に構ってやれない。と彼を押し退けて入口の扉を開けようとするも、彼は私の首を鷲掴みにし、勢いよく床に叩き付けた。
一瞬息が詰まり、首が折れなかった事を安堵する暇もなく、次に腹の辺りを蹴られ動けなくされてしまったのだった。
「違うな。私は艶花ナユの王子様じゃあない。……君は何か勘違いをしているようだから教えてあげよう。私達は、互いを常に己に相応しい〝装飾品〟であるかどうかを見極めているんだよ。__でも、どうかな。今日こそは君が主に選ばれるかもしれないな。はは、は、ははは」
K・ナチスは私の髪を引っ張って持ち上げると、自身の顔を近づけた。そして囁くようにこう言ったのだった。
「君はそろそろ〝ホワイトルーム〟の客から、何物でもない人に変わる。やァ可哀想に。艶花ナユに出会ってしまったのが運の尽きだ。お前、一生艶花ナユの残影に囚われ続けるんだよ」
なんて贅沢なご褒美だろう!
K・ナチスは高笑いをあげていました。私は髪を掴まれているので逃げることもできず、固まる他ありませんでした。
「なァ友人。そこまでナユに精神を侵されているのなら、手篭めにしてしまえばいいじゃあないか。友人が望むのなら、私が手伝ってやろう。……私か?私は特別、ナユが好きって訳じゃないんだ。だってたかが〝物〟だからね。興味が無くなったのなら始末すればいいだけだ。でも可哀想だろ?それだったらな、君が飼い殺した方がいいじゃあないか。な、そうだろ?」
その提案を、私はどう受け取れば良いのでしょうか。
今この絶好のチャンスを逃せば、私は一生ナユの残影に囚われ続けるのかもしれない。
掴めば、ナユは一生客を取らず、ずっと私一人が彼女の客として存在し続ける事になる。
けれど、私にとっては前者の方が好都合だ。あの田舎から何度も〝ホワイトルーム〟に通うのは無理がある。いずれは祖母と母に察されて、止められて、都会に行く事も出来なくなる。
なれども、心の奥底から燃え盛る何かがある。
それは、ナユに恋い焦がれる自分自身だ。
〝ホワイトルーム〟で共に過ごした事で刻み込まれたナユという存在が、心から離れてくれないのだ。
「……私が、もし、ナユを手篭めにすると決めたら、貴方は私を殺しますか?」
「まさか!そんな事しないさ。友人が手篭めにすると決めたなら、私は応援するよ」
私は遂に決心しました。この男に何がなんでも縋ってやろうと。
この男の手を借りてでも、あの深窓の乙女を手に入れてやろう、と。
「決まったかな」
K・ナチスは私の答えに満足したのか、漸く私の髪を離してくれました。
「それじゃ、また〝ホワイトルーム〟で会おう」
それは最高の謳い文句でした。
「それでは」
私はそう返しながら、先程の仕返しにK・ナチスの尻を軽く蹴って〝ホワイトルーム〟を後にしたのだった。
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