第三夜
「今日は共に寝て欲しい」
ナユは何も言わない。ただ静々と命令された通り、天蓋付のベッドに横たわっては目を瞑り手を組んだ。
私は其れに付き従い、同じように行動を取った。ベッドからは、ナユの一等お気に入りであろう薔薇の香水の匂いがする。
彼女は一等お気に入りの薔薇の香水を褥にふりかけて、ただ粛々と眠につくのです。その姿と言ったら、まさに絵画のようなのです。私はそれを、ただ黙って見つめ、仰々しくする他無かったのです。
天窓から見える満月だけが、二人を優しく見守り、その先の行方を楽しみにしているようだった。
「……ね、触らないの?」
「え?」
「ずっと見つめているから」
「そんな恐れ多い事、出来ませんよ」
「でも、昨日は触ったじゃない」
「あれは不可抗力というか……」
「あらそう。じゃ、アタシが触ってあげましょうか」
ナユが私の方へと寝返りを打つ。目が合うと、彼女はその柔らかな瞳を細めて笑った。
「やっと見てくれた。アタシのこと」
私は自分の発言の浅ましさに、途端に恥ずかしくなってしまったのです。そして同時に、なんだか胸がいっぱいになりました。
これが愛しさであるのか、はたまた罪悪感であるのかは、まだ私に判断し得ぬところでありますが、ただ言えることは私の気分はこれ以上無いほど高揚していたと言う事です。
「ほら、触って良いのよ」
ナユが手を此方に伸ばしました。私はとうとう我慢できず、その手にそっと触れる。それから自分の手を重ねてみたのです。その途端に感じた幸福感は筆舌に尽くし難いものだったのです。
「ふふ、あったかい」
ナユがそう言いましたので、私は頷きました。それを合図に、ナユは私の掌を自分の頰へ導いたのです。
「もっと触れて」
私は恐る恐る、彼女の頰を撫でました。
「もっと、強くよ」
私の手の上にナユの細い手が重ねられます。それから彼女はゆっくりと目を閉じたのです。
私はそれに倣いました。すると手から彼女の皮膚の感触、その温度がありありと感じられました。
昨日よりもそれはとても暖かくて、柔らかくて、なんだか無性に泣きたくなりました。
「アタシの手は冷たいかしら」
「いいえ」と私は言いました。
「……まるで薔薇の花びらのようです」
ナユはククッと喉を鳴らしました。それから「詩人ね」と言ったのです。
「ねぇ、キスして」
私は耳を疑いました。しかし彼女はもう一度はっきりと、私の掌に唇を押し付けながら、まるで舞台の上にいる時のようなよく通る声で言ったのです。
「キスして、とアタシは言ったの」
私はその言葉だけで頭がいっぱいになってしまいました。ですが同時に、これは夢では無いかと心配になりましたので、ナユの手をぎゅっと強く握ったのです。彼女はすぐに握り返してくれましたが、その手はやはり冷たく、氷のように冷たかった。
「夢じゃないわよ」
ナユはそう言いますと、私の手を自分の頰にまた擦り寄せました。
「ほら__キスして」
私は震える唇をなんとか抑えながら、彼女の唇に自分の唇を押し当てました。それはまるで死に行く者が今際のきわに残した吐息のような儚さでした。ですが私にはそれで十分だったのです。それだけでもう、涙が溢れて仕方がなかったのです。
「……ふふ」とナユは笑いました。
降り注ぐキスの雨を受けながら、キスの次にはきっと、もっともっと厭らしい事をするのだろう。と、閨事とはいとも簡単に始まるものなのだな。と、私は思いました。
それが〝ホワイトルーム〟の在り方なのでしょう。
「好きにして。アタシは貴方の〝物〟だから」
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