第一夜

「では、参りましょうか」

扉を開けろ。そう美少年が言うと、警備員は軽く頷き重い扉をゆっくりと開ける。

「どうぞ、お通りください」

美少年と私ははコツコツと足音を立てながら扉の奥へと進んで行った。

視界の先には薄暗闇の空間が広がっていた。

その空間を照らすのは壁に掲げられた数本の蝋燭だけで、そんな僅かな光が照らし出しているのは、左右に配置された檻の中から差し出された腕だった。

「買ってよお」「抱いてよ」「殺して」「助けてよお」と絶叫が響いている。

美少年は気に留めない様だった。

私もそれに続こうとした時、檻の中にいた一人の女が私に向かって何かを叫んでいるのに気が付いた。

「お願いします! 殺してください!」

それは悲痛の叫びだった。

「どうせ死ぬなら貴方に殺されたい」と叫び続ける女は檻から腕を伸ばし私に必死に掴みかかろうとした。

そんな女の願いに私は答えるように、一歩また一歩と女に近づいて行く。

そして、女の目の前で立ち止まった私は、ゆっくりと手を差し伸べた。

__が、その時。一瞬の閃光と共に女の頭が破裂した。次に私が目を開けると、そこは血の海になってしまっていた。

「躾が行き届かず申し訳ありません。不快な気分にさせてしまいましたね」

「いえ……」

私はそれから無言で、先を歩く美少年の後ろを黙って歩いた。そして、またしばらく歩いて行くと、今度は真正面に巨大な檻が見えてきた。

檻は半円状に作られており、その中心にはカウンターが置かれ、その左右に透明な円筒型エレベーターらしきものがありました。

先程とは打って変わって眩しい空間で、中にいる女達は皆、肌艶がよく上質な服に身を包んでいた。きっとここでお気に入りの女を見つけては買うのだろう。至る所で金の取引をしている金持ちの男を見掛けるのだ。

中心のカウンターまで着くと、美青年は私に手を差し出すよう促しました。

「只今から女王の間へご案内させていただきますが、場所は秘匿とさせていただいておりますので、手錠と目隠しをさせていただきます」

どうかご了承くださいませ。と続けられ、それに逆らう意味もない私はそれに従いました。

傍から見れば、私は死刑囚の様であろう。

「では、こちらへどうぞ」

手錠と目隠しをされ誘導されるまま足を運ぶと、私達はエレベーターらしき物の中へ入っていった。

中は想像していたより狭く息苦しかったが、何やらボタンなどを操作することによって箱自体が上昇していくことがわかった。

それも大した時間も掛からず最上階まで上がりきったのか、短い振動と共に動きが止まった。


エレベーターから少し出ると、ギ、キ、と重い扉が開かれる音がした。

奥から香る濃い薔薇の匂いがツン、と鼻腔を擽ると同時に手錠と目隠しが解かれた。

眩しさに目が慣れるまで時間を要したが、しっかりと目を開けられるようになると、私は思わずその景色にハッと息を呑んだ。

果てしない青空が広がっているのである。

確かに此処に来る前は夜で、月も出ていなかったのにも関わらず、此処は太陽がハッキリと遠くに見える上に、鳥のさえずりさえ聞こえる。

私はそこで、あの遠くから見えた透明のドームは、艶花ナユの為の温室だったのだと悟った。

床には人工芝と白のタイルが交互に敷かれており、少し遠くには薔薇の木が所狭しと並んでいる。バスタブやら、大きな白い天蓋ベッドまでも置かれていた。

「こちらが女王の間でございます。これより先は、女王との一対一の空間とさせていただきますので、どうぞお進みくださいませ」

美少年はそう言うと私に一礼し、エレベーターの中へ戻っていった。

私はそんな彼に軽く会釈すると、温室に一歩踏み出した。中は想像していたよりも広く、そして豪華だった。

だが私のお目当ては、視界の先に見える、あの絵画の白色のカウチに静かに横たわる〝艶花ナユ〟の姿だった。彼女は空を見上げているようだった。


「ようこそ。〝ホワイトルーム〟へ」


私の呼吸は荒くなり、高揚で身体中の毛穴が逆立つのを感じた。ナユはこちらに身体も向けず、ただ上質なシーツのような布を肩に羽織る程度で、豊潤な肉体が露わになっている。

私は冷や汗をかいて、ただただ息をしているのかにわかに分からないくらいの溜息を静かに漏らした。目をかっぴらいて、これでもかと焼き付けることしか出来なかったのだ。

「……神々しい」

思わず、そんな一言が溢れる。だが、艶花ナユは「それだけ?」と言いたげに首を傾げていた。ずれていた互いの視線が混じり合うと、彼女は違う言葉で私を惑わした。

「折角拝ませてあげてるのに。それだけなの?」

ナユがこちらに体を向けたことで漸くその姿を認識できた私は、煩悩にまみれた頭を瞬時に冷やし、冷静さを取り戻す。しかし、冷静になったところで何も変わらない。

其の儘の姿でカウチから立ち上がり、裸足のままナユが私の元に近寄る。

「貴方、運がいいのねえ」

ふ、と吐息が顔にかかる。その時に香った、咲きたての薔薇の、何とも言い難い夢心地といったら、もう、私の心を掴んで離さないのです。

私は硬直する他なく、ただ顔を青ざめさせながら、突っ立っていた。

「……緊張しているの? 可愛らしいお方……」

ナユが私の額に額を当てて言う。私は自分の体温が上がっていることに気付いて、途端に汗が噴き出る。だが、それとは裏腹に身体は興奮し切っていた。

「今から五日間。アタシのこと好きにしていいのよ」

ナユは私の耳元に口を寄せてそう囁くと、私の汗ばんで湿っぽい身体に触れる。するとみるみるうちに身体が熱くなり、自分を慰める時の快感がナユに触れられた所から感じ始める。

私は立っていることが辛くなってきて、床に倒れ込む。するとナユが倒れた私の上に跨る様な体勢で馬乗りになる。

「……艶花ナユ__私の、女神」

「あら、違うわ」

艶花ナユはくすりと笑い、私の耳元で囁いた。

「アタシは〝物〟よ」

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