第4話 北京はもうすっかり冬の気配であった 

 西安も寒かったが北京はもうすっかり冬の気配であった。天安門を吹き抜ける風が冷たい。

「この門は明の時代に創建されたもので、前に拡がる庭の面積は凡そ四十万平米にも及ぶと言われています」

白い花崗岩が一面に敷き詰められた広大な空間だった。

「北京の中心は、中国の顔とも言うべきこの天安門広場です。毛沢東の肖像画が掲げられた天安門の奥には、壮麗な建築物が幾重にも広がる故宮博物院があります。行ってみましょうか」

武田に促されて紗由美も気押されながら後に従った。

「此処は嘗ての紫禁城で、明・清朝の五百年に及ぶ歴史が感じられるでしょう」

「確か、映画“ラストエンペラー”の舞台になった宮殿ですわね」。

「そうです、そうです。よくご存じですね」

映画で観た画面と重なって、絢爛豪華な建築群に当時の栄華が偲ばれた。

故宮の中枢は大和殿と呼ばれる建物だった。

三層の白大理石造りの基壇に黄瑠璃瓦の大屋根を頂いていた。

「此処は皇帝の即位や重要な儀式が行われた処です」

「あの向うに拡がっている街は大層賑わって居るようですわね」

「ああ、あれは北京一の繁華街で、王府井大街です。北京の銀座とも呼ばれて、老舗ホテルや百貨店、ショッピングセンターや専門店が軒を連ねていますよ」

故宮博物院の北側に、元や明、清時代の古い路地や庭を囲む平屋住宅が残って居た。

「あれは胡同って言うんですよ」

「昔ながらの庶民の暮らしが偲ばれますわね」

その先に趣ある門構えが見えて来た。伝統薫る四合院造りの家だった。

「四合院の四は東西南北、合は囲むと言う意味で、四面を家屋が囲み中央が庭になった北京の伝統住宅です。対称を良しとする中国建築の典型ですね」

「これも庶民の暮らしに触れられるような建物ですわね」

景山公園や天壇公園、鐘楼や盧溝橋なども印象的で圧巻だった。

 最後の夜に京劇を観に出かけた。

京劇についても武田が簡潔に解説してくれた。

「京劇は十八世紀の清朝の時代に安徽省で発祥し、北京を中心に発展しました。ペキンオペラとも呼ばれています。楽器の音色と役者の歌声が響き渡り、オペラやミュージカルに近い音楽劇です。西遊記や三国志、覇王別姫など有名古典の演目も多くあるので、初心者にも楽しめると言うことです」

劇場の建物は清の時代に建築され、改築を重ねて今日に至っていると言うものだった。

由緒ある伝統的な造りの舞台は圧巻で、建物を観るだけでも訪れた価値がある、と紗由美には思えた。

舞台を囲むように客席が配置され、どの席からでも良く見える造りであった。英語字幕もあり日本語のヘッドフォンも付いて居た。京劇のチケットを持って居れば敷地内に在る北京戯曲歴史博物館にも無料で入場することが出来た。

だが、劇場の中は結構寒かった。

「冷えそうですね。これを使って下さい」

武田が自分のコートを紗由美の椅子に敷いた。

「僕は毛糸のジャケットを着込んで来ましたから大丈夫です、ご心配無く」

紗由美はこれまで、武田とけじめの有る接し方をして来たが、周囲の目から見ると誰の目にも似合のカップルに見えるようだった。

劇場は寒かったが、役者の芸は熱気に満ちその衣装はなかなか見事なものであった。唯、紗由美にとっては、京劇の台詞が理解出来ず、舞台の左右の壁に映し出される字幕を見たり、日本語ヘッドフォンの解説を聴いたりして内容を判断すると言うのは大変難儀なことであった。

「でも、考えてみれば、日本でも歌舞伎の台詞が若い人たちには理解出来ず、国立劇場などではイヤホーンで解説をしているというのですから、これはこれで当然なのかも知れませんわね」

「やっぱり時代でしょうね。これから中国もどんどん変わるでしょし、日本も同様でしょう」

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