14話

何故逃げ出したのか、自分でもわからない。


彼女が正気だったから?


彼女が僕を恨んでたから?


僕の気持ちを利用されたから?


彼女への罪悪感なんて意味なかったから?


自分の気持ちを見透かされていたから?


わからない。わからない。わからない。


ただそこにいたくなかった。


だから。


僕は、逃げた。


ドアを開ける。階段を降りる。


転ぶ。這う。立ち上がる。走る。転ぶ。立ち上がる。走る。転ぶ。這う。転ぶ。立ち上がる。転ぶ。這う。這う。這う。立ち上がる。転ぶ。走る。転ぶ。這う。逃げる。


ビルを抜ける。


ビルを抜けて。


外に出た。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


防波堤の向こう。


海が僕を見つめてくる。


夜が僕を見つめてくる。


月が僕を見つめてくる。


大きな瞳で僕を見つめてくる。


空に住む一つ目の巨人。


呼んでる。僕を。


僕の心と身体を。


手招きしてる。


優しく手繰られる。


一歩踏み出す。


その白に。


一歩踏み出す。


その青に。


一歩踏み出す。


その闇に。


その深淵に。


死に。


救いに。


空に住む一つ目の巨人。


どうか。


今すぐ僕を――――。


「ねぇ。大地君」


瞬間。


――月が落ちてきた。


――――彼女と出会った。


――――――巨人を背にした彼女と。


ビルから降りた僕の前に、ビルから下りた彼女と。


重力に従い、地上へ落ちてきた彼女と出会った。


「私の事、ずっと覚えててね」

「絶対」


「死ぬまで」


「死んでも」


「忘れないでね」

「じゃないと」


「許さないよ」


普通に考えれば絶対聞こえないその言葉を、僕は聞いた。


それは多分、彼女の声はよく通るものだったからだろう。


「………………」


爛々と、朗々と、煌々と輝く。


大きく、巨きく。


美しくも恐ろしい。


けれど美しい。


空の窓を突き破ってきそうな。


今にも落ちてきそうな。


彼女の頭から流れる、血だまりに浮かぶ赤い月を。


僕はただただ見つめていた。

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