第48話 南部前線の英雄

そいつはまだ笑っていた。相変わらず薄っぺらい笑顔だ、気持ち悪い。他人を見下したような表情、自分の実力に酔っているような表情。どちらも、当時の兄に重なるものがあった。

「僕はまだ名前を名乗ってないんだけどな、自己紹介はもう少しだけ続くよ」

「覚える気ないから名乗んなくていい。やるなら早くこい。俺は気が短いんだよ」

「僕はゲオルギー・クロマノフ。南部前線の英雄さ」

「…覚える気ないっつったよな?」

クレイは話の通じないやつが嫌いだ。こういう話し方するやつは苦手な部類に入るだろう。

「ほら、君の番だよ?名乗ってよ」

クレイが無言で銃を構えた。

「…暴風」

「その名前は知ってるよ。本名を教えて」

「んなもん無理に決まってるだろ、頭の中身空っぽか?」

クレイが引き金に指をかけた。クロマノフと名乗った奴は、まだ悠長に話し出した。

「じゃあさ、僕が勝っ…」

クレイはそのまま引き金を引いた。銃弾はクロマノフに掠りもしなかった。そのままそいつは話し始めた。

「やめてよー、危ないじゃないか」

一方のクレイは表情がどんどん曇っていた。

「どう?ご自慢の銃撃がかわされた気持ちは」

「元から構えていた銃をかわしてもな」

クレイはポーカーフェイスを保っていた。

「ふふ、強がれるのは今のうちだよ?」

「てめぇもな!」

先に動いたのはクレイだった。銃を撃ちながら距離を詰める。クロマノフは全弾を軽くかわしている、しかも表情が全く動かない。人間らしくなくて多少不気味だった。

「最短距離で死ね!」

クレイがナイフをクロマノフの首めがけて振り下ろす。クロマノフは瞬きもせず右腕で受け止めた。鈍い金属音が響く。

「…なんだそれ、甲冑?明らかに金属音したぞ」

クロマノフは変わらず、あの気持ち悪い微笑を浮かべている。クレイはそのまま右の拳を顔面に叩き込んだ。クロマノフは軽く首を傾けてかわし、右足を振り上げる。

「ゔぇっ…げほ…あぁああ」

クレイの腹に綺麗なカウンターが入る。そして、ボタボタと血が地面に垂れた。クロマノフが涼しい顔で笑った。

「おーすごい、今の急所外せるんだ。でも深いでしょ?」

クレイが腹を抑えて言った。

「はぁ…お前靴先に刃物仕込んでんのか…」

クロマノフは口が裂けたくらいにっこり笑って頷いた。クレイは左手の銃を相手に向ける。一瞬でクロマノフがクレイに近づき、左手の銃を投げ飛ばした。クレイはそれを囮に右の拳を振り上げた。その拳がクロマノフの顎を捉える前に、クロマノフの右肘がクレイの側頭部を捉えた。また鈍い金属音が響く。

「ゲホッ…」

クレイは血を吐いて倒れた。クソ、なんとかしないと、死ぬぞあいつ。クロマノフは容赦なくクレイの顔面に蹴りを入れた。

「終わりかな、北部前線ってこんな弱いのか」

クロマノフが銃をクレイの頭に突きつけた。

「待て!」

俺は考える前に叫んだ。クロマノフがだるそうにこっちを向いた。

「…何?僕は君に一切興味がないんだよ」

「そいつは俺の相棒だ、死んだら困るんだよ」

「君が困るから何?僕にとってどうでもいいことだよ、それは」

クロマノフはクレイの方を向いた。この瞬間がチャンスだ。外すなよ、俺。左手に持ち替えた銃を構え、照準を素早く合わせる。

「先に俺を殺すべきだったな!」

そう叫んだ瞬間、銃声がした。俺の銃からではなく、クロマノフのやつからだった。銃弾は正確に俺のドットサイトを貫いた。幸い目には当たらなかったが、ドットサイトは使い物にならなくなった。

「やめとけ、僕に銃を向けるな」

クロマノフはこっちを向いて言った。なんなんだよこいつは。凄まじい銃の腕と身のこなし、まるで暗殺者だ。しかし、俺の目には見えていた。クロマノフの後ろに立つクレイの姿が。

「ッは!?」

クロマノフが振り返るより早く、クレイの銃が火を吹いた。ゼロ距離で頭に放たれた銃弾は貫通した。クロマノフは糸が切れた操り人形みたいに顔面から地面に倒れた。

「俺がお前の立場なら、カウンター入れたあとすぐ頭撃つけどな。経験が浅ぇんだよザコ」

クレイは悪態をついたところで、その場に崩れるように座り込んだ。

「あー、痛ってぇ…」

「暴風、大丈夫か?」

クレイは息を整えて言った。

「…お前も被弾してるだろ、自分の心配しろ」

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