第6話 最悪の記憶
クレイが帰ってきてから2日経った。訓練サボったことに関しては何も言われなかった、ラッキーだぜ。
「…なーんか引っかかるんだよなぁ…」
休憩時間、ランディがブツブツと独り言を言いながら一人で食事をしていた。珍しい、普段ならあいつから一緒のテーブルに入ってくるのに。
「どうした?」
「ダレク、クレイの怪我について何か引っかかると思わない?」
いや、特に俺はなんとも思わなかったが。
「いや、特に。何かあったのか?」
「常識的に考えて、走り過ぎだけで膝くらいまでギプスで固定するか?走り過ぎってことは足首とかの疲労骨折だろ?あんな厳重な固定のしかたしないと思うんだが。どうだろう?」
確かにそれはそうかもしれない。
「あいつ怪我の状況を嘘ついてもいいこと起きないのになぁ…」
ランディが空中を見つめながらぽつりと言う。多分だけど、早く前線に復帰しないと、というクレイのプライドだろう。あいつにとっての一番の恐怖は「仲間の死」だ。あいつ、昔はあんな狂った性格じゃなかったのにな…。
今日の訓練が終わり、飯も食ったし、また日常が終わった。いつまで続くんだろうな、この生活は。もう四年続くこの戦争にはみんな嫌気がさしてる。俺たちタランチュラが結成される二年前にこの戦争が始まった。その時からこの戦争は泥沼になると予想がされていた。東の大国カルンツァミアと西の大国ペルニヒの戦争。そして双方の国境には山脈があった。よって、両国に接していて、交通の手段がある隣国が犠牲になった。南のソルーツクと、北のヘレヴェールだ。ソルーツクは元からカルンツァミア寄りの国だったからカルンツァミアに参戦した。一方ヘレヴェールは中立を保った。はずだった。小国だったヘレヴェールは簡単にカルンツァミアに攻め落とされてしまった。そしてヘレヴェールの近くを流れるのがこのラァーク川なのだ。実はここの少年兵の多くはこの簡単な地理すらわかってない。俺はこのことを兄から教わった。忌々しい記憶だ。あのクソはいつか俺がこの手でぶっ殺す。俺たちはこの川の防衛戦で戦っているが、今最終防衛ラインだ。正直に言ってこの戦争は二年前、つまりタランチュラ結成時から段々戦況が悪くなっている。勝てる戦争ではないのだ。やはり上がクソだと下までクソになるな。そんなことを思っても何か変わるわけではないがな。明日も変わらない生活が待ってる。早く寝た方が懸命だろう。
「ダーレク、起きてるー?」
ほらきた。ランディが話しかけてくる。
「もう消灯すぎてるから喋るな。あといい加減寝ろ」
えー、と不満そうな声が聞こえたが俺は寝たフリをした。
「おにーちゃん、ここは?なんて島なの?」
「そこはね…トルクバーニトン列島の中で一番大きな島だな。確かアストラという国だよ。トルクバーニトン列島は大小様々な百個以上の島からなる巨大な島の集合体と言えばいいかな」
「へぇ〜。おにーちゃんは物知りだね!」
「ふふふ、いつかダレクもおにーちゃんくらい物知りになるんだぞー!」
「うん!」
「おにーちゃん、僕、これからどこに行くの?」
「…遠い場所だよ。大丈夫、おにーちゃんもあとから行くから」
「うん!約束だよ!」
「…あぁ、約束、だよ…」
(トラックが走り出す音)
「グリフィンガル……こ…が金……。受……れ」
「あ…あり……う。これで………だよ」
(トラックが走り出したあと、おにーちゃんはあの男の人となにを話してたんだろう。トラックがうるさくて聞こえなかったな…)
最悪な目覚めだ。嫌な夢見ちまった。
「おっはよーダレクー!」
なんも知らん顔でランディが陽気に話しかけてくる。
「…おはよ、ランディ」
俺は笑って見せた。が、読まれた。
「ダレク、目が笑ってないよ。悪い夢でも見た?」
鋭い。でも、あのクソが俺を孤児院送りにしたおかげで、なんの悪戯かな、この最高の友ができたのだ。
「なんでもないよ。朝食食いに行こう」
「まだ朝四時だよ」
「なんでお前ら起きてんだよ」
「なんでだろうね?」
「はぁ…」
朝からため息が出るよ。でもこっちの方が悪くないかもな。少なくとも、あの日よりは。
「ダレク?どうした?なんで泣いてる?」
オーロンが本当に心配そうな顔で覗き込んでくる。
「なんでもないよ。本当に」
「なんでもないわけないだろ、涙が自然に出てくるのはだいぶまずい状態だぞ」
はぁ…過保護すぎだよオーロン。本当にさ…。
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