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「えー、入学早々物騒ですが、不審者の情報が入ってます。」


 帰りのホームルームで、担任の教師がそう言い出した。


「知ってる人も多いと思いますが、杉浦台方面の電車に、刃物を持った男が入ってきたらしいです。電車に乗る生徒は、気をつけてください。」


 杉浦台。僕の家がある方向だ。入学早々、変人に、不審者。友だちは一人もできなかった。災難なことだ。何はともあれ、今日はもう疲れた。早く帰りたい。


 帰りの挨拶が終わり、生徒たちは一斉に立ち上がって、周りの友達と話し始めた。僕はそそくさと駅へ向かった。


 駅は生徒たちに埋め尽くされ、がやがやと騒がしい声が響き渡っていた。僕は、また孤立した。知り合いはおらず、誰が同じクラスなのかすら分からない。そんな状態で他人に話しかけられるわけもない。スマホに視線を落とすことしかできない。


 線路の向こうに電車が見えた。桜を背に、こちらに向かってくる。画になる光景だが、僕にとっては青春最悪スタートの景色だ。


 電車はすぐに駅に到着し、生徒たちがドアから流れ込んでいく。僕は人混みを嫌い、少し遠いが一番後ろのドアから乗り込んだ。


 そこに、彼女がいた。食杉絵里たべすぎえり。つり革を掴み、スマホに目を向けている。長い髪が滝のようにのびている。気づいたときにはもう遅かった。ドアは既に閉まっており、辺りには大量の生徒たち。遠ざかることは不可能だった。


「あら、また会ったわね。」


 気づかれてしまった。こうなってしまえば、もう無視する訳にもいかない。僕は食杉さんの隣に立ち、動き始めた景色を横目に、適当に世間話を始めた。


「電車では⋯さすがに何も食べてないんですね。」


「当然のマナーよ。」


 学校での二郎系ラーメンはマナーの範囲外か。


「それにしても、混み合っているわね。ほとんどがウチの学校の生徒だけれど、入学式で部活が無いのも影響しているのかしら。」


「まぁ、そうですかね⋯」


「話は変わるけれど、さっき先生が言っていた不審者情報。アレは私たちが今乗っている電車のことよね。」


「はい⋯」


「なのであれば、今この瞬間に不審者が現れてもおかしくはないわね。」


「この人混みには来ないんじゃないですかね。来たらヤバいですけど。」


「もしそんなヤツが来たら、。」


 えっ


 何ですか、急に。


 僕は言葉を失った。車両はゆっくりと速度を落とし、次の駅に到着した。アナウンスが響き、ドアが開く。


 かなりの数の生徒が電車を降りた。この辺りは広々とした住宅街だ。隣駅からの通学はかなりの数だろう。僕と食杉さんはこの駅では降りないが。


 先ほどまで生徒たちに埋め尽くされていた車内は、空間のゆとりを取り戻した。僕は今のうちに食杉さんから離れようとした。


 その、瞬間。


 車内の空気が一変した。明らかに様子がおかしい男が、早足で乗り込んできたのだ。男はパーカーのフードを深く被っており、過呼吸で挙動不審。一目見ただけでわかる不審者だ。


 不審者は、僕らの方に歩いてきた。手には、鋭い刃が握られていた。

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