第5話 東家の温かさ、そして寝るイベント
「わらわと勇者は相当深い関係なんじゃ。昔は一緒に夕陽を見たり、砂浜を歩いたりする関係じゃったのにいつの間にか、わらわに勝負を仕掛けてくるようになったのじゃ」
「おい、待て魔王。聞き捨てならないぞ、お前から勝負を仕掛けてきたんだろ?」
「違うぞ、勇者からじゃ」
「い~や魔王からだろ」
「あらあら仲が良くて嬉しいわ」
『良くない!!』
温かい食事が並ぶ机の椅子に座る4人。
いつも通りであれば、今日の学校や仕事で起きた楽しいことを共有するこの空間だったが、今は魔王と勇者の喧嘩会場となってしまった。
笑顔一杯に見守る姉さん。
テレビのニュースを見ながらご飯を食べる兄さん。
そして言い争う俺とスズラン。
この中で一番歳が若い俺、一番歳を取っている魔王が喧嘩している光景。
まさに異常だ。
……いや、確かゲームの作者のインタビューでスズランは、「1500歳を取っているが魔族から見てみれば全然子供である」と言っていたっけ。
要は1500年生きてる幼女ってことか。
いや待て、1500年生きててこのクソ生意気な性格のままってどうなってんだよ。
ゲーム作者の性癖か?
「おい、勇者の姉よ」
「スズラン、せめて陽葵って名前で呼んでくれ。兄と俺も名前があるんだ」
スズランはめんどくさそうな表情を浮かべながら、姉さんに話始める。
「陽葵よ、この肉に白い衣が付いた食べ物は何じゃ?」
「それはね、唐揚げって言うの。鶏肉を油で揚げた食べ物よ」
「うむ、いただくとしよう」
スズランはテーブルの中心に置いてある唐揚げに力いっぱいフォークを伸ばす。
だが、腕の長さと身長が低いせいで苦戦しているようだ。
「はい、スズラン」
俺が動くとしよう。
腕を伸ばして箸を使い、唐揚げを持ち上げる。
スズランに唐揚げを置く皿が無いか聞こうとした時のこと。
「うむ、実に美味じゃ」
スズランは掴んでいた唐揚げをパクっと口の中に入れる。
……魔王には思春期の男子高校生を思う心は無いのか。
無いわ、コイツ魔王だわ。
このままこの箸を使ってしまえば、魔王と間接……間接キスをすることになるでは無いか。
どうする…………思い切って箸を洗いに行く?
そうすれば、間接キスなんてなくなるよな。
「どうしたの蒼矢? そんなにコロッケを見つめて」
姉さんの声にギクリと体が跳ねる。
箸を見つめて考え事をしていたのを勘違いされてしまったようだ。
「いや、何でもないよ」
「ほい蒼矢、口を開くんじゃ」
気を使ったのかスズランはコロッケを刺したフォークをこちらへ向ける。
何も考えていない純粋な眼差し。
いや、待てこれもこれで間接キスになってしまう。
……それだけは回避しなくては。
戸惑っているとコロッケの形が段々と崩れていく。
……食べるしかない。
口を開くとスズランはコロッケを口の中に入れる。
東家のコロッケは姉さんの手作りだ。
サクサクとした触感でとても美味しいがいつも以上にコロッケがおいしい気がする。
……騒がしい食事も悪くは無いな。
スズランも心なしか嬉しそうに料理を食べていて良かった。
***
「蒼矢~起きておるか」
食事後、風呂に入り、部屋で寝る準備をしている所に部屋のノック音が聞こえ、疲れ切った体をベットから起こす。
「スズラン? どうした?」
ドアノブを握り、ドアを開くとパジャマ姿のスズランがいた。
所々目を細め、今すぐにでも眠たい雰囲気を感じ取れる。
そりゃそうだ、目覚めてみれば、見知らぬ場所で一人きり。
引っ越しや旅行先で疲れやすいのと同じだ。
「わらわと勝負じゃ」
「いや……無理だ。明日にしてくれ」
「何でじゃ?」
「だってお互いに疲れているだろ。お前が一番よくわかってるはずだ」
スズランはしょぼくれた表情で口を開く。
「……夕方の事が気がかりなんじゃよ」
「でも、もう俺は寝るし……」
「寝る……そうじゃ!! こういう勝負はどうじゃ?」
魔王は部屋に入ると、ベットに飛び込み布団の中に入る。
「勝負の内容は蒼矢かわらわ、どんな方法でも良い、どちらかが寝たら負けじゃ。これでどうかの?」
……今日はただでさえ、様々な事があった。
全てはこの魔王のせいだ。
脳の思考回路が働かない。
もう考えるのを止めよう。
「良いよ、それでいこう」
「ほほぉ、では勝負を始めようではないか」
部屋の電気を消して、布団の中に入る。
中は温かく、すぐに寝てしまいそう。
スズランはニヤリと笑い、俺に向かって青い魔方陣を展開する。
……なるほど、さすが魔王、やる事が汚い。
この魔方陣は睡眠魔法の類だ。
魔法を使って一瞬で勝利のフラッグを取る。
うん、汚い。
でもそんな事はどうでも良い。
俺の今の状態は眠すぎて無敵モードになっている。
思考が出来ず、寝る事しか脳内に無い。
だったら、この勝負にどう勝つか。
寝よう。
「はぇ!? 蒼矢よ、何をしてるのじゃ!?」
スズランの頭を優しく撫でる。
ゆっくり撫でるとスズランの顔が赤くなり、展開していた青い魔方陣が消えた。
腰に手を回し、ゆっくり押し倒す。
布団をしっかり掛けて優しくトントンする。
暴れる子供を眠らせるように。
ゆっくり、ゆっくり。
これぞ必殺トントンだ。
幼いころに姉さんが俺によくやってくれた技さ。
精神年齢が幼いスズランに効かない訳がなく、しばらくトントンするとスズランの目がとろんとすると目を閉じる。
効果は抜群だ。
スズランは寝息を立てたのを確認。
……俺の勝ちだ。
さすがに今のスズランに寝たふりをする余力は無い。
では、スズランを他の寝室に持っていくとする──
──ってあれ?
体を起こそうと動いてみるが動かない。
よく見てみれば、スズランが俺の服を握っていたのだ。
スヤスヤと寝息を立てて、無意識にその行動をしたのか?
あぁ、もう限界なのか。
視界が見えなくなっていく。
…………完全に視界はブラックアウトをする。
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