第4話 東家の月

「こんな勝負をわらわに受けさせた責任として葡萄ジュースを飲み放題にするんじゃ!!」

「なんだよそれ!! ゲームは始まる前から始まってるんだぜ、魔王よ!!」

「くうぅぅ…………こうなったらわらわが魔法でここら一帯火の海にしてやる」

「待て待て!!」


 スズランが口を開き、魔法を詠唱すると部屋全体に大きな魔方陣が展開される。

 赤黒く禍々しい魔方陣だ。

 それを止めようと俺は魔王の口を手で押さえた。


 ……てか、この現実世界でも魔法が使えんのかよ。

 まぁ、魔眼が使えてたし、それはそうか。


 「むぅぅ!!」

 「やめろぉ!!」

 『あ!!』


 スズランと俺は声を揃えて地面に倒れる。

 どうやら椅子に引っ掛かり体制を崩してしまったようだ。


 魔王の頭が地面に触れる瞬間。

 咄嗟に彼女を庇うため力強く引っ張る。


 ゴンと音が床に響く。

 スズランは体が小さいためか簡単に庇うことが出来たようだ。

 代償として頭が思いっきり地面にぶつかった。


 じわじわと頭に痛みが走る。

 絶対たんこぶが出来た……。


「勇者よ、大丈夫か?」


 胸の上に倒れていたスズランはお互いの吐息がぶつかる程の距離に顔を近づける。

 彼女の冷たい手が頭の痛い所を優しく触った。


 心臓の鼓動が激しくなる。

 即座に顔を別の方向に向けると魔王は耳元で魔法の詠唱を行う。


 彼女の手に緑色の魔法陣が現れると段々と頭痛の痛みがなくなっていく。

 これは回復魔法か。


 「痛みが無くなったか?」

 「あぁ、ありがとう」

 「すまぬな、ちょっと勇者を驚かそうとしただけなんじゃが」


 本当か?

 あの状況、あと一歩で魔法が発動しそうだったぞ。


 「……魔王、俺の体から離れて貰っていいか?」

 「嫌じゃ!!」

 「なんで??」

 「だって勇者が恥ずかしそうな表情をしておるから、さっきから心臓がバクバクと鳴っておるし、わらわが喋ると耳がピクピクしておるではないか」


 クスクスと耳元で笑う魔王。

 彼女の甘い匂いが鼻腔をくすぐり、体温が良く伝わり、更に心臓の鼓動がさらに増す。


 「……あれれ、お邪魔しちゃったのかな?」


 上からひょっこりと顔を出す一人の男性の姿。

 東海月ひがしかいる俺の兄さんだ。

 黒く短髪の髪に海の深淵に吸い込まれそうなほどの美しい青い目を持つ男性。

 黒いスーツに鞄一つのイケメン。


 現在執事として様々な家へ家事や物品の管理を行う仕事をしている、冷静沈着で時にボケまくる性格の持ち主。

 人の弱みを握ると真顔で問い詰めてくる一面もあるそんな不思議な人。


 「兄さん違うんだ……その…………」

 「その?」

 「ほぉ……お主がこの勇者の兄か? わらわは魔王スズランじゃ!!」


 スズランは立ち上がり、腰に手を当て仁王立ち。


 「あぁ、魔王スズランさんかこんばんわ。私、東海月と言います以後お見知りおきを」

 

 兄は左手を前にして腹部に当て、右手を後ろに回し挨拶をする。

 スズランは「くるしゅうないぞ」と言葉を放つ。

 あれ、この流れさっきも見たような気が。


 「兄さん、一応言うんだけどさ……コイツ、魔王なんだけど」


 スズランを指を差すと兄は平然とした顔で頷く。


 「あぁ、詳しい話は陽葵から聞いてるよ」

 

  ……あれ、兄さんも幽霊やUFOを絶対信じない人だったと記憶してるんだが。

 

 「……え? ゲームの世界から──」

 「──この世界に来たんだろ?」

 「そんな当たり前みたいな表情……こんな馬鹿げた話信じるのか?」

 「いや、だってさっき魔法使ってたの見たからね」

 「……兄さんっていつから見てた?」

 「賭け事をしている時からだね」


 がっつり魔法が見られてたじゃねーか。

 あれ、勝負中そんな人の気配を感じなかった気がするが。


 スズランの方を見ると、首を交互に振り、知らぬと言った表情をする。


 「なるほどのぉ、お主は我が気づかないほどの気配を消す技量を持っているのか!! 面白い、わらわが元の世界に戻った暁には魔王城の執事として雇ってやろう!!」

 「お褒めに預かり光栄です。ですが、家族が居ますのでお断りさせて頂きます」

 「勝手に人の兄を誘うんじゃない」

 「痛!!」


 もう一度平手で頭をポンと叩くと目を細めて地面に蹲る魔王であった。

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