第3話 空き教室と友達

檜山ひやまさん、一昨日は色々とありがとう」


「どういたしましてー。元気になって良かったけど、なんで私は三澤みさわくんに拉致られてるの?」


 今、僕と檜山さんは朝のホームルーム前の時間に空き教室に居る。


 風邪は檜山さんのおかげで無事に治り、日曜日を安静に過ごしていたおかげもあって月曜日の今日は普通に学校に来れた。


 だから朝からどうやって檜山さんにお礼を伝えるかを考えていて、檜山さんがやっていたように手紙でも書こうかと思いながら教室に入ったら事件が起こった。


「なんで堂々と僕に話しかけるのさ」


「え、友達に話しかけるのは普通でしょ?」


「僕を友達って言ってくれるのは嬉しいけど、周りの視線とか想像ついたよね?」


「私鈍感だからわかんなーい」


 絶対に嘘だ。


 そもそも檜山さんは自分で視線には敏感と言っていたし、今まで話したことのない僕に檜山さんが話しかけたらどうなるかもわかっていた。


 その結果がクラス中からの視線だ。


「でもぉ、三澤くんも大概だよ?」


「僕も反省してる。でも檜山さんが悪いから!」


 檜山さんにいきなり「おはよー、元気になった?」なんて言われて慌てていたとはいえ、檜山さんの手を取って教室を出てしまった。


 あれじゃあ何かありますって言ってるようなものだ。


「いやぁ、三澤くんは大胆なんだからー」


「……檜山さんは大丈夫なの?」


「なにがー?」


「僕に話しかけて、しかも僕に連れ出されたこと」


 檜山さんは優しいから気にしてないように振舞っているけど、僕なんかと一緒に居るところを見られたら檜山さんは迷惑だろう。


 慌てていたとはいえ、僕がもう少し考えていたら檜山さんに迷惑は──


「それやだって言ったよね?」


「え?」


 檜山さんが椅子に腰掛けて僕をジト目で睨んでくる。


「三澤くんにとって私って何?」


「面白い人?」


「想像の斜め上を軽く越えてくるな。私にとってはさっきも言ったけど、三澤くんは友達なの」


「ありがとう?」


『友達』なんて面と言われるのは二度目だから返事に困る。


「疑問形なのには目を瞑ります。三澤くんが私のことを心配してくれるのは嬉しいよ? でもね、友達に『あなたは自分と一緒に居たら駄目』なんて言われるのは寂しいよ……」


 檜山さんが俯きながら自分の指をいじる。


「ごめんなさい」


「綺麗すぎる謝罪。ちょっと感動」


 腰を九十度折って檜山さんに謝罪をする。


 敬語をやめたぐらいじゃやっぱり変わらない。


 僕はまだ内心では檜山さんを天上の人にして対等に見れていない。


 それが無理なのは僕が一番わかっているけど、檜山さんが対等を望むなら頑張るつもりだった。


 だけど結果はこれだ。


「今度はちゃんと言うね」


「何を?」


「僕は檜山さんを対等に見ることはできない」


「まさかの友達お断り……やば、泣きそう」


 檜山さんがハンカチを取り出して目元に当てる。


 早く説明しないとほんとに泣いてしまう。


「説明続けるね。僕はずっと教室の隅っこで生きてきた人間で、檜山さんみたいにみんなの中心に入っていけるような人間じゃないんだよ」


「要は私と友達なんて嫌ってことだよね……」


「最後まで聞いてくれないと嫌」


「……ちゃんと聞く」


 ハンカチで顔を隠してるからどんな表情なのはわからないけど、声が少し震えているように聞こえる。


「えっとね、つまり僕と檜山さんは違くて、だけど同じで……なんて言えばいいのかわかんない!」


 いつもこうなる。


 大事なところで言葉が出てこなくなって相手に愛想をつかせるのが僕だ。


 これで僕と檜山さんの関係は完全に終わ──


「簡潔に言ってみて」


「簡潔? えっとね、僕も檜山さんと友達になりたい」


「ほんとに?」


「うん。だけど、檜山さんは僕と一緒に居るところを見られてもいいの?」


 結局そこだ。


 僕がどれだけ檜山さんと仲良くしたかったところで、檜山さんには僕と違って他に友達がいる。


 その人達に僕と一緒のところを見られたら絶対に変な噂を立てられたり、影で何かを言われる。


 それで檜山さんが傷つくのは嫌だ。


「やっぱりそんなこと気にしてたんだ」


「そんなことじゃないよ!」


「おう、三澤くんが怒った。でもちょっと可愛いな」


「そんなこと言う檜山さんは嫌い」


「い、いいのかそんなこと言って。ほんとに泣くぞ!」


 檜山さんが慌てた様子で目元だけを出して僕を見る。


 やっぱり可愛い。


「泣いちゃったら僕が拭いてあげるね」


「自分で泣かしといて拭くとか自作自演すぎないか?」


「じゃあ何もしない方がいい?」


「仕方ないから三澤くんに私の涙を拭く権利をあげよう。喜んでいいよ」


「ありがとう」


「三澤くんの無垢スマイル破壊力やばない? ドキドキしちゃうんだけど?」


 ちょっと何言ってるのかわからないけど、檜山さんはよく意味のわからないことを言うから気にしないでおく。


「そういえばなんだけど、檜山さんってどうやって僕の家に来たの?」


 一昨日は気分が優れなくて何も思わなかったけど、僕は檜山さんに家の場所を教えてないのに檜山さんはうちに来た。


 それが昨日の悩みの種だった。


「あぁ、簡単だよ。三澤くんが学校まで走って十分ぐらいって言ってたでしょ? だから三澤くんが帰った方向に走って十分ぐらいのところで『三澤さん』の家がどこにあるか聞き回ったの」


「原始的すぎる……」


 でもそれは一番手っ取り早い方法かもしれない。


 担任の先生なら僕のうちの住所を知ってるだろうけど、檜山さんはすぐに帰らないとって言ってたし、次の日は土曜日だから聞きに行けない。


 そもそも朝の早い時間に来てたから聞きに行ってないのはわかっていたけど。


「個人情報とかあったものじゃないね」


「それはごめん。でも最初の一人目で知ってる人に会えたから許してください」


「許すよ。というか、看病してもらったんだから許すとかないよ。本当にありがとう」


「そんなに優しいと騙されちゃうよ?」


「じゃあ檜山さんのこと疑えばいい? 実は僕のことを友達ともなんとも思ってなくて、影で笑う為に友達のフリをしてるって」


「私が悪かったです。私のことだけは信じてください」


 檜山さんが立ち上がって僕と同じように腰を九十度に折る。


「僕がこの学校で信じてるのは檜山さんだけだよ」


「……言い回しがずるいんだよなぁ。私はチョロくないから大丈夫だけど!」


 なんか呆れられた気がする。


 とりあえず僕の悩みの種は解決したので話わ戻す。


「じゃあ僕は檜山さんの友達でいいの?」


「そうだよ! 友達の証としてキスでもしてあげようか?」


「男女の友達って証としてキスするの?」


 それは知らなかった。


 そうなると友達たくさんの檜山さんはこれまで何回の──


「からかったの!」


「なんだ、残念」


「え、それってどういう……」


 不安そうに僕を見てくる檜山さんにニコッと笑顔を向ける。


「こ、この天然タラシがぁぁぁぁぁ」


 檜山さんが顔を真っ赤にして涙目になりながら教室を出て行った。


 やっぱり檜山さんは可愛い。


「でも良かった。……良かった?」


 何が良かったのだろうか。


 自分の言葉なのになんでそう言ったのかわからない。


 檜山さんと友達になれたこと? それとも檜山さんが友達の証でキスをするというのが嘘だと言われたから?


 前者はわかるけど、後者はなんでそれで良かったになるんだろうか。


 よくわからないから多分前者なんだろう。


 とにかく僕は檜山さんと友達になれた。


 これから色々とあるんだろうけど、きっとなんとかなるだろう。


 檜山さんと僕を友達にしてくれた赤い傘には感謝しなければ。


 赤い傘から繋がる関係なんてあるのだろうか。


 あったらいいな。


 そんなことを考えながら僕も教室に戻って行った。

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赤い傘で繋がる関係なんてありますか? とりあえず 鳴 @naru539

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