第2話 風邪と看病
「見事に風邪ひいちゃって」
「こんなにまともにひいたの何年ぶりだろ」
風邪っぽいのは半年に一回ぐらいのペースでなることはあるけど、今回のは体の節々が痛く、頭もガンガンしていてベッドから起き上がるのも辛い。
こんな本気の風邪はもしかしたら人生初かもしれない。
「お母さんこれから仕事だけど、どうする?」
「多分大丈夫。何もできないだろうからずっと寝てる」
「そう? とりあえず飲み物とゼリーなんかは置いとくけど、何かあったら職場に電話してね?」
「うん。行ってらっしゃい」
「……
「早く言っ、こほっ」
喉がイガイガするのに大声を出したせいで咳が出た。
確かに僕は普段「行ってらっしゃい」なんて言わない。
今もなんで言ったのかわからないけど、頭がボーッとしてるせいで何も考えていないんだと思う。
これでは心配されても仕方ないけど、お母さんに仕事を休ませるわけにはいかないから頑張る。
「もう二度と言わないから行って」
「もう一回言ってくれないとお母さん心配で仕事頑張れないー」
「やだ。寝たいから早く」
これ以上からかわれるのは勘弁なので毛布を被って壁の方に体を向ける。
するとお母さんが僕の頭を撫でてから部屋を出て行った。
「お母さん、過保護だよ。僕もう高校生なの、こほっ」
こんなでは心配させてもしょうがないけど、もう少し僕を信じてくれてもいいと思う。
「もっと僕がちゃんとすればいいんだよね。まあできたら苦労は──」
独り言を言っていたら扉のノブがまわる音がした。
やっぱり心配になったお母さんが戻って来たのだろうか。
「おじゃましまーす。あれ? こういう時はおはようございまーすかな?」
「どっちでもいいですよ」
「あひゃ!」
僕の部屋に不法侵入者がやってきた。
痛む頭を使って考えるけど上手く考えがまとまらない。
多分風邪でなくてもまとまらないだろうけど。
「なんで檜山さんが僕の部屋に?」
「だ、だって、傘を返しに来たら
檜山さんが俯きながら謝る。
何を謝ることがあるのか。
「正直辛いから看病してくれるならお願いしたいです」
「ほんと? 迷惑じゃない?」
「むしろ檜山さんが迷惑じゃないですか?」
「元はと言えば私のせいなんだから。それに、私も困ってる人は助けたいから」
檜山さんが笑顔になりながら俺のベッドの隣に腰を下ろす。
やっぱり噂通り優しい人だ。
「じー」
「えっと、なんですか?」
「うんとね、三澤くんってよく見ると可愛い顔してるなーって」
そっくりそのまま返したい。
学年一の美少女にそんなこと言われてもただの嫌味にしか聞こえないし、何より僕は男子なんだから可愛いわけがない。
「拗ねちゃった?」
「別に。それよりつんつんするのやめてください」
檜山さんが僕の頬をつんつんとつつくので顔を逸らして逃げようとするけど逃がしてくれない。
「僕、病人です」
「おっと、これは失礼。ぶっちゃけるとさ、看病って何したらいいのかわからないんだよね。添い寝とか?」
「一緒に居てくれるだけで嬉しいです。一人は寂しいので」
「おけ。軽く添い寝をスルーされたけど、私は三澤くんの可愛い顔を眺めながら話し相手になればいいってことね」
可愛い顔ではないけど、今もこうして檜山さんと話してると気分が少し楽だ。
「あ、そういえば昨日から思ってたんだけど、なんで敬語なの?」
「敬語、嫌ですか?」
「別……嫌!」
今「別に」って言おうとしてなかった?
僕としては檜山さんみたいなキラキラした人と話すのは慣れてないから敬語が楽なんだけど、檜山さんからの期待の眼差しがすごくてそんなこと言えない。
「じゃあ、これからはタメ口で」
「うんうん。ついでに名前呼びにしちゃう?」
「それより檜山さん、今更だけど今日は帰らなくていいの?」
「私三澤くんのそういうとこ割と好き」
いきなり『好き』なんて言わないで欲しい。
体温が上がって治るものも治らなくなってしまう。
それに名前呼びなんて僕にはハードルが高すぎてできるわけがない。
「今日は大丈夫だよ。さすがに夕方までには帰らなきゃだけど、三澤くんがいいならそれまで居させて」
「お母さん……母も夕方までには帰って来ると思うからそれまで話し相手お願いしたいな」
「任された。それと『お母さん』でいいよ? はじゅかちい?」
「なんとなく『母』の方がいいかなって思ってただけ。そっちの方が恥ずかしそうだけど」
檜山さんに無言で肩を叩かれた。
どうやら恥ずかしかったらしい。
「なーにを笑ってる」
「いや、檜山さんって想像以上に話しやすいんだなって」
「三澤くんは私を天上の人間みたいに思ってるかもだけど、私は三澤くんと同じ人間で、対等な同級生なんだからね?」
三澤さんが少し寂しそうに言う。
「さっきの敬語もだけど、三澤くんは私を上にして自分を下に考えてるでしょ」
「うん」
「それ嫌だから二度としないでね」
檜山さんの作ったような笑顔を見て僕は反省する。
僕は勝手に檜山さんも他の人と同じように僕を下に見ているのだと思っていたけど、この人は違う。
きっと今までも容姿が優れていていい人だから対等には見てもらえなかったのだと思う。
そんな人に僕は……
「ごめん、なさい……」
「ちょ、そこまでじゃないからね? 泣かないの。ちーんする?」
病気になると弱るところまで弱ると言うけど、僕もそれのようだ。
檜山さんに酷いことをしたと思った途端に涙が溢れた。
だけど慌てる檜山さんがなんか可愛くて思わず笑みがこぼれる。
「また私の言い方に笑ったな!」
「ううん。僕も檜山さんのそういうところか割と好きだから」
「にゃ!?」
泣いて疲れたのか、眠くなってきた。
檜山さんに「ちょっと寝るね」と伝えて目を瞑る。
もう少し慌てる可愛い檜山さんを見てたかったけど残念だ。
それから僕は結構眠っていたらしく、起きた時には檜山さんが帰っていてお母さんが僕のおでこに手を当てていた。
どうやらぐっすり眠ったら治ったらしい。
それを見たお母さんが「愛の力?」とか言ってたけど、なんのことかわからなかった
目が覚めた僕に気づいたお母さんに顎で枕元に置いてあった紙があることを教えてくれたのでそれを手に取った。
そこには可愛い文字で『はやくげんきになってねー█←気にしたら駄目!』と書かれていた。
塗りつぶしが気になるけど、とても元気が出た。
学校では今まで通り他人になるだろうけど、機会があればお礼を伝えて、右手がとてもあったかい理由を聞きたい。
なんて今の僕は思っていたけど、僕は檜山さんのことを微塵も理解してなかったことに気づくのにそんなに時間はかからなかった。
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