赤い傘で繋がる関係なんてありますか?
とりあえず 鳴
第1話 雨と傘
『学年一の美少女』はフィクションである。
これは当然で、一学年には少なくても百人以上の男女が集まり、最低でもその半分の人間が美少女と認めないと『学年一』とは言えないだろうから。
そしてそんな人間はありえない。
そう思っていたけど、世界には一学年の半分どころか、僕の知る限りでは同級生全ての人から愛される子が存在した。
それが今、昇降口で雨を眺めている
いつもは誰かしらが近くに居るのに、今日は珍しく一人で居て、なおかつ雨を眺めている。
すごいのは雨を眺めてるその姿ですら絵になって綺麗なことだ。
肩のあたりで切り揃えられた綺麗な茶髪に、白い綺麗な肌。
こうしてちゃんと見るのは初めてだけど、みんなが美少女と言う理由がわかる気がする。
僕のようなクラスの隅でスマホをいじってる陰キャとは住む世界が違う人なんだと実感してしまう。
「走るか」
「え?」
僕が檜山さんを観察していたら、檜山さんがいきなり鞄を頭に装備しながら言うので思わず声が出てしまった。
「んー? おー、
「僕を知ってるんですか?」
「三澤
檜山さんがクスクスと笑う。
笑うとさっきまでは『綺麗』だと思ったのが『可愛い』に変わる。
「なに、私のこと見てたの?」
「すいません」
「いいよいいよ、慣れてるし。それに、三澤くんは私を見てたわけでも無さそうだし」
檜山さんがニコニコと笑いながら言う。
「えっと、僕は檜山さんを見てました……」
「あぁ、違う違う。なんて言うのかな、私が居たから見てたんじゃなくて、私が何をしてるのか気になって見てたんでしょ?」
「すごい、よくわかりましたね」
檜山さんはエスパーなのか、確かにこれがいつものように檜山さんがただそこに居ただけなら見てもチラ見するぐらいで通り過ぎていた。
だけど今日は檜山さんがボーッと雨を眺めていたから気になって観察してしまった。
「これでも色んな人から色んな目で見られるからね。嫌でも視線に敏感になってしまうわけですよ」
檜山さんが「えっへん」と胸を張るけど、視線に敏感な割には僕が観察してたことには気づいてなかったように見える。
多分言ったら駄目だろうから言わないけど。
「それで三澤くんは私がなんで雨宿りしてるかが気になったんだよね?」
「正確にはなんで雨を眺めているのかですね」
「憂いに帯びすぎてそう見えちゃったか。カタルシスってやつかな」
なんかそれっぽいことを言っているけど、憂いを帯びることとカタルシスは意味が違うと思う。
これも言わないけど。
「説明するとね、雨を眺めてたわけじゃないよ。傘忘れちゃったから少しでも雨が弱まるの待ってたの。あわよくば止んでくれたらいいなーって」
「なるほどです。でも、檜山さんなら傘に入れて帰ってくれる人がいそうですけど」
檜山さんは僕と違って人気者だから頼めば傘に入れてくれる人がいるはずだ。
今はホームルームが終わってすぐだから人が少ないけど、もう少ししたら誰かしら来るはずだし。
「まぁ、確かに入れてくれる人はいるだろうね……」
檜山さんが少し気まずそうな顔になる。
どうやら人には頼めない理由があるようだ。
「だから走るのです」
「なんで傘持ってこなかったんですか?」
「だって朝はお日様出てたじゃん!」
確かに朝は晴れていたし、なんならさっきのさっきまで晴れていて、六時間目が始まるぐらいに雲が出始めていた。
僕だってお母さんに渡されなければ持ってきてなかった。
「理由があって借りれないなら今の時期は持ってきた方が良くないですか?」
「うっ、ド正論……」
今は六月で梅雨だからいつ雨が降ってもおかしくない。
理由がなんなのかは知らないけど、こうしていきなり雨が降った時に困るのなら鞄に折りたたみ傘を入れておくべきだ。
「いいんだもん、コンビニまで走れば傘があるから」
「うわぁ……」
「やめて、その『雨に濡れてびしょびしょの状態でお店の中に入るとか頭おかしいんじゃないの?』みたいな目で見ないで、わかってるから」
檜山さんが自分の手で盾を作って僕から隠れる。
別に僕はそこまでは思ってない。
少なくとも『頭がおかしい』は思ってない。
「誰かに傘を借りるのは駄目で、雨が止むのを待つのも駄目なんですよね?」
「うん。後者は前者に繋がるからってのもあるけど、帰りたい理由もありまして……」
なんともわがままな。
檜山さんが人気な理由は常に元気で、優しいからだと思っていた。
元気で優しいのはそうなんだけど、ここまでわがままなのは少し意外で、逆に親近感が湧く。
「三澤くん、笑ってない?」
「笑ってないです」
「ほんとかぁ?」
「ほんとですよ。それよりもこれをどうぞ」
僕はそう言って鞄から赤い折りたたみ傘を取り出して檜山さんに差し出す。
「え?」
「僕は歩きですし、走れば十分ぐらいで着きますから」
「いやいや、そういうことじゃないでしょ。三澤くんが濡れちゃうよ」
「母に言われてるんです。『困ってる人と女の子には優しくしなさい』って。檜山さんはその両方ですから」
困ってる人はともかく、女の子には優しくなんていうのは男女差別とか言われそうだけど。
まあでも、言ったのはお母さんで僕ではないから多分大丈夫だろう。
知らないけど。
「……」
「あぁ、別に傘を受け取ったら何かしろとか言わないですよ?」
「そ、そういう意味で固まったんじゃないよ! 三澤くんがそういう人じゃないのはわかってるし。でも……」
檜山さんが傘と僕の顔を交互に見る。
そろそろみんなが下駄箱に来ると思うからあまり時間はない。
こうなったら仕方ないので……
「さよならです」
「あ、ちょっと!」
僕は傘を檜山さんの足元に置いて走り出す。
檜山さんは優しいから傘を放置して帰るなんてことはしないだろうし、今度会った時にさりげなく返してもらえばいいだろう。
一つ怖いのは、あの傘がお母さんので、持って返らないことを怒られないかといこと。
いざとなったらお母さんに言われたことを実行したと言えばいいけど、なんか寒気がしてきた。
「明日土曜日だから学校に逃げることもできないじゃん……」
いつもは学校に行きたいなんて思わないのに、今ほど学校に行きたいと思ったことはない。
もう手遅れだけど。
そうして濡れ鼠になって家に着き、おそるおそる家に入るとお母さんが出迎えてくれた。
そして僕の姿を見て「傘は?」と聞かれたので「学校に忘れちゃった」と嘘をつく。
それから少しの間が置かれて「そう、なら仕方ないわね」と笑顔で言われてお風呂に入れられた。
僕の嘘がお母さんに通じるわけがないのはわかっているので、なんで許されたのか謎だ。
とにかく今は許されたことを歓喜しながら、明日の土曜日は何をしようか考え──
「くしゅん」
──ようと思う。
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