第3話 ドジドジした女

俺はいつもの酒場に顔を出し、いつものカウンター席に一人座る。

ここには俺の心をざわづかせるようなやつがいなくて居心地がいい。

変に踏み込まず、適切な距離感を保っていられるからな。


(しかし今日はいつになく混雑しているな、祭日でもあるまいに)


「あんたか、いつものかい?」


女店主が俺の顔を見て、オーダーを取りに来た。

大体いつも同じメニューしか注文しないから、女店主はこういう聞き方をする。


「ああ、あとコーヒーをくれ」

「おや、いつもはエールを頼むのにめずらしいね」

「ああ、落ち着いて考えたいことがあるんだ」

「あいよ」


女店主は深く事情を聞いてくることはしない。

そこがこの店の良いところだ。


「ミーシャちゃん、こっち注文頼むよ」


少し離れた席で中年冒険者が声を上げる。

ミーシャ?誰だそれは。

この店にそんな女はいたか。


「はーい!今行きまーす!…………はぎゃ!」

「…」


ミーシャと言われた金髪の女が注文を取りに行く時に盛大にずっこけた。


「おいおい、ミーシャちゃん大丈夫かい?」

「えへへ、転んじゃいましたぁ…」

「そっかぁ、転んじゃったらしかたないよなぁ」


中年冒険者が、デレデレとした顔で転んだミーシャの介抱をしている。


「…店主、あの娘は?」

「ああ、ミーシャかい?先週からうちで働いてる娘だよ。気立てはいいんだけど、少しおっちょこちょいなところがあるかね」

「おっちょこちょいか、それはまずいな」


俺は、あのミーシャとか言う女に付いて思案する。

あのぽわぽわした雰囲気、喋り方は完全にアウト。

顔は…幼いな、チッ。

服装はどこにでもいる酒場の女の装いだが油断できない。

トータル的にはまだ”根本的に間違っているやつ”とは判断できんが、俺の勘が油断するなと言っている。


「…探りを入れてみるか」

「探り?ナンパは遠慮してくれよ」


俺は女主人の言葉に反応することなく、行動に移す。


「なあ、そこの、ミーシャとか言う女」

「は、はいぃ!」


俺が、ミーシャを”女”呼ばわりしたせいだろうか、周囲の視線が厳しい。


「貴様、一体どういうつもりだ、なぜ転んだ。転ぶ要素などどこにもなかったはずだ」

「え、えぇえ、な、なんでと言われましても…私わからないですぅ」


ここが難しいところ、転ぶことには何ら問題はない。

ただそれがこの女の属性というのであれば話は別だ。


「わからないか、ならば実践しよう、俺にコーヒーを運んできてくれ」

「え、おじさんカウンター席ですよね、手前から渡せばいいんじゃぁ…」


「つべこべ言わずにコーヒーを運んでこい。女主人からコーヒーを受け取ってカウンターをグルっと回って俺のところに来るんだ、いいな?」

「は、はいぃい」


俺は周囲の冷たい視線に耐えながら、コーヒーが届くのを待つ。


「お、おまたせしましたぁ…きゃっ…ぶへっ!」

「…」


ミーシャはなにもないところでつまずき、コーヒーは宙に待って俺に降り掛かった。

少し熱いくらいに感じたが、タンクなので熱には強い。


「貴様…」

「お、おお、お客様!たた、大変申し訳ございません!ここ、このミーシャ如何様に処罰を…」


ミーシャは床にぶつけた鼻を赤くしながら、平伏する。


「貴様の才能はダンジョンで輝くかもしれん。俺は貴様とは共に行けんが、困ったら冒険者ギルドに来ると良い」

「ふぇえ…?」


俺は冒険者ギルドにミーシャを勧誘しておいた。

周囲はぽかんとしているが、貴様らには到底わかるまい。


(なにもないところで何度も躓くやつはな、"根本的に間違っている"んだよ)


俺はテーブルの上に置かれた、ナポリタンをズズズと一息に全て吸い取って飲み込むと、そのまま酒場を出た。






「店長….」

「ミーシャ、気にしなくていいよ。あいつはもとから変なやつだけど、悪いやつじゃないんだ。冒険者ギルドじゃ鼻つまみ者だけど、一応は優秀なスカウトで通っているみたいだし」

「…私、冒険者になれるんですか?」

「いいんじゃないかい?挑戦することは悪いことじゃないよ」


女主人はミーシャの背中を押した。


「で、でも、せっかくお店で雇ってくださったのに…」

「うちのことは気にしなくていいよ、駄目だったらまた戻ってくればいいわ」


ミーシャが来てから客足は増えたが、あまりのドジっ子のせいで備品を駄目にしたりしたため、結局のところ利益はさほど変わらなかった。

女主人にとって、ミーシャは実は放出できるなら放出したい人材であった。


「私、冒険者になります!」


女主人は小さくガッツポーズをした。

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