第8話 リアーナの勇気

 村長と別れ、私はスマラナ山を目指して歩いていると、裏手にある門の近くにリアーナが居た。

 既に夜も更け、騒いでいた村も一つの祭りが終わったような寂しさのある静寂が広がっている。

 

「リアーナ。そんな所で何をしている? 風邪を引くぞ」

「あ、オルタナさん……ステラちゃんを待ってたんです」

「ステラを?」


 門にもたれ掛かるリアーナの横に移動すると、彼女は空を見上げる。

 私も釣られて空を見上げると、そこには暗雲が立ち込めようとしていた。

 これは……。


「明日は雨かな……」

「そうだな。それで? 何故、ステラを待っていたんだ?」

「ステラちゃん。この時間はいつも秘密基地に居る事が多いので。夜、帰って来るのも遅いし……こうしていつも待ってるんです。大抵、私が先に帰っちゃうんですけど……」


 あはは、と笑うリアーナ。その笑顔は何処か寂しげだ。


「そんな夜更かししているから、身長が伸びないんじゃないか?」

「…………はい? 今、何ていいました?」

「……すまない。和ませようとしたんだ」


 どうやら選択肢を失敗してしまったらしい。

 修羅の如き威圧感を放つリアーナにたじたじしていると、リアーナはクスりと笑う。


「別に気にしてませんよ。ええ、気にしていませんとも。隣に爆乳ムチムチ娘が居ようとも、別に全然、これっぽっちも気にしていませんとも!!」

「そこまでは言っていないが……」

「何ですか?」

「いえ……」


 確かに。ステラとリアーナはある種、対照的と言える。

 身体なんて顕著だ。リアーナは身長も小さく、ロリっ子と言っても良い。少なくとも、大人のお店に行けば間違いなく年齢確認をされるだろう。

 逆にステラは胸も大きく、肉感的な体つきをしている。しかも、何処か筋肉質で引き締まっているという雰囲気。

 性格はまだ対照的とも断定できるほど知らないが、二人には共通している部分も多い。


「しかし、君は優しいな」

「へ?」

「私に食事を作ってくれたり、村の為に色々やっていたり、立派だよ」

「……私なんて全然」


 私の言葉でリアーナの表情に影が差す。


「私なんかよりもステラちゃんの方がずっと優しいよ。ほら、ステラちゃんがオルタナさんを連れてきたんだし。アレだって、村が大変な状況なのに、一目散に助けようとしたんだから……。私なんて何も出来てませんよ」


 自虐的に笑うリアーナ。

 それからリアーナは空を見上げ、言葉を続ける。


「オルタナさんってさっきまで村長の所に居たんですよね? 子供たちが言ってました。村長に呼ばれて、家に行ったって。そこで……知ったんですよね? 明日の事」

「……ああ。知ってる。リアーナはどうするんだ?」


 村長の口ぶりでは村の大人たち全員でという意味合いに聞こえた。

 そうなると、当然、リアーナだって対象になる。

 私の見解でいうなれば、リアーナは戦闘が出来ない。

 正直、戦うべきではないと思ってしまうが……。


「私は……イリュテムの生贄に選ばれたんです」

「生贄?」


 生贄は初耳だ。私は目を丸くすると、リアーナは小さく頷く。


「この村では一年に一度、イリュテムに生贄を捧げるんです。その生贄がどうなるかは全く教えてもらえず……ただ……ステラちゃん曰く、全員が死んでるって……」

「生贄……そうか……」


 生贄。人の命。年に一度。

 イリュテムの狙いが読めてきた。一年に一度という辺りが悪趣味すぎる。

 私が顎に手を当てていると、リアーナが不思議そうに首を傾げる。


「あの、何かありましたか?」

「気になる事に合点がいったんだ。その、イリュテムという男は相当、悪趣味な奴らしい」

「そうなんです!! この村を支配するのだって力が無い弱者だからとか言って……ただ、私たちは平和に暮らしていただけなのに……力があれば何をしてもいいって思ってるんです!! そんな奴から私たちは村を取り戻したい……やっと、巡ってきたチャンスなんです」


 ぎゅっと強く拳を握るリアーナ。


「私が生贄としてイリュテムに近づき、奇襲をする。そして、レーヴァテインでイリュテムを焼き尽くす。それが……私たちの作戦なんです」

「なるほどな。単純明快……。しかし、向こうも私たちが病から完治していると気づいているんじゃないか?」


 あれだけバカ騒ぎすればその奇襲作戦、うまくいかなくなる気がするが。

 そんな疑問にリアーナは首を横に振る。


「いいえ。それはありえません。だって、アイツは私たちを弱者という枠組みに入れているから。弱者は強者に媚びへつらう。それがアイツの考え方。ですから、私たち弱者が何かを出来るだなんて全く考えていないんです!! だから、絶対に上手くいくはずです」

「……それは同時に絶対的な強さへの自信とも取れる。あまり過信はするべきじゃない」

「わ、分かってます……。失敗したら、間違いなく……死にますから」


 ブルっとリアーナの身体が震える。

 それから表情には不安が帯び始め、それを奮い立たせるように拳を強く、何度も握る。


「大丈夫、大丈夫。絶対に、大丈夫。だって、これが私に出来る事。私がステラちゃんを助ける為にやらなくちゃいけない事だもん……絶対に、大丈夫」

「大丈夫じゃないだろう?」

「……大丈夫です。大丈夫なんです!!」


 精一杯の強がりか。

 リアーナは自分自身を奮い立てるように声を荒げる。

 しかし、その表情から不安と恐怖は消えない。

 私はリアーナの頭の上に手を置く。サラリとした柔らかい髪質を手のひら全体で感じる。

 リアーナは顔を俯かせ、ポツリと呟く。


「ごめんなさい……」

「…………」

「やっぱり……すごく……怖いです……私、最低だ……」


 自分を責めるようにリアーナは呟く。


「10年前、ステラちゃんは自分が奴隷になっても、村を救おうとしたのに……あれから見たくもないものをいっぱい見て……それでも、村の為にって頑張ってるのに……」


 ポロポロとせき止められた感情が溢れ出るようにそれは涙となって零れ落ちていく。


「あの時だって……私だって悪かったはずなのに!! 全部、全部ステラちゃんが受け入れて……私はそれから逃げた……」

「……逃げた?」

「はい……そうなんです。だって、イリュテムを呼び寄せたのは私たちのせい、ですから」

「……何だと?」


 私は思わず顎に手を添える。

 彼女たちが呼び寄せた? だとすると、錬成術による召喚、か?

 しかし、彼女たちにそれだけの事が出来るという実力者には見えない。

 何より――彼女たちがそんな存在を呼び寄せるなんて事はありえない。

 リアーナは涙を零す目元を拭いながら言う。


「そうです……でも……全部、ステラちゃんが自分のせいって思ってて……私は……何も出来なかった。言葉をかけても、ステラちゃんの力になる事も出来てなくて……だから、この作戦は何があっても……戦わなくちゃいけないのに……私はまだ……怖がってる……。私……最低だ……最低な……臆病者」


 最低な臆病者か。私はそうは思わない。

 死への恐怖は当たり前だ。

 自分が死ぬかもしれない状況に放り込まれて平気な人間なんて居ない、居る訳が無い。

 だからこそ、戦地へと赴く事の出来る人間は英雄として崇められる。

 誰よりも勇気あるものとして賞賛される。それだけ難しい事。

 そして、皆が共通して恐怖している。


 けれど、それを可能にしているものが一つだけある。


「死を恐怖するのは当たり前だ。だからこそ、リアーナ。そういう時、人は希望を持つんだ」

「希望……?」

「そうさ。戦いを終えた先にある未来に希望を持ち続けるんだ。戦いとは未来を掴み取る為にある。私はいつだってそうしてきた」


 私の脳裏に蘇る戦いの記憶。

 それはどれも壮絶で、世界の命運を分けるものもあった。

 果てには――世界すらも相手取る事もあった。

 しかし、その戦いの全てが私にとっては未来を掴み取る為のものだ。


 そうして、私は掴み取ったんだ。今の、未来を。


「辛く、苦しい戦いをあろうとも、胸の中に希望を持ち、未来を切り開く為、戦う。その勇気が人を強くするんだ。リアーナ、君にだって希望はあるだろう?」

「私の……希望……」


 そう呟いたリアーナは懐から金色のオルゴールを取り出す。


「希望ならあります。でもこれは……きっとステラちゃんが許してくれない……」

「君は間違っているな」

「え?」


 リアーナは大事な事を見逃している。私は金色のオルゴールを見つめる。


「許してくれないと本当に思っているか? 君から見えるステラは君に対して……許さないような態度を取っているか? 少なくとも、私からはそう見えなかった。どうだ?」

「…………」


 ぎゅっと強く金色のオルゴールを握り締める。


「……私が居てくれるだけで力が出るって」

「ああ。それだけ君は大事な存在なんだ。君が居るから彼女は戦える。戦い続けている……。君こそが彼女の希望なんだ」

「私がステラちゃんの希望……」


 難儀なものだ。

 もしも、本当にステラにとってリアーナが希望なんだとしたら、彼女自身が戦うという選択は。

 けれど、彼女もまた戦おうとしている。ならば、私は。

 私の希望もまた――彼女に預けるとしよう。

 

「希望は必ずある。だから、君はその勇気を持って戦え。その為に戦うんだ。そして、もし、戦いの最中、心が折れそうになった時、この名を呼べ」


 私はリアーナの顔を真っ直ぐ見つめ、その名を口にする。

 すると、リアーナは涙を流したまま目を大きく見開き、私を見る。


「え…………」

「その名を呼べば、そうすれば必ず現れる。そして、今、その者は君に勇気を与えた。だから、戦えるはずさ。リアーナ。君なら出来る」

「え……あ……」

「だから……」


 私はリアーナの手からオルゴールを取る。


「これは私が預かっておく。生きて、これを取り戻しに来い。そうしなければ、これはステラの物になるからな。私は村長にステラを頼まれているんだ、分かったか?」

「え……あ、は、はい!!」

「ふふ、それで良い。それと、君が何もできていないなんていうのは嘘だ」


 真っ直ぐリアーナの目を見つめ、私は口を開く。


「君の作るカレーは絶品だ。私が今まで生きてきた長い人生の中で。私もぜひ、もう一度食べたい。だから、諦めるなんて事は絶対にするな。良いな」

「ぁ……あの、ありがとう、ございます」

「敬語は良い。態度も変えなくていい」


 私の言葉にリアーナはワタワタと慌てふためく。


「で、でも……」

「かしこまられるのは好きじゃないんだ。それに私はただ、君に勇気を与えたいだけだ。その勇気をどうするかは君の意志次第」


 トン、と私はリアーナの胸を突く。


「自信を、希望を持って戦って来い。リアーナ。君達の勝利は約束されている」


 ゴシゴシとリアーナは目元を拭い、大きく頷く。


「は、はい!! 必ず……そ、それで呼んだら、本当に来てくれるんですか? 本当に……」

「……当たり前だ。私は約束を守る男だ。それではな」


 私は軽く手を振り、リアーナに別れを告げる。

 表情を見れば良く分かる。充分に勇気を与え、決意に満ちた表情になった。

 時に、名というのは人に力を与える。この人が見てくれるから、と。

 どうやら、たまには私の名も役に立つらしい。

 

「……さて、私も秘密基地に向かうとしよう。あそこにステラがいる」


 後はステラ本人から話を聞かなくては。そうすれば、村の全容が理解できるだろう。

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