第7話 村長の思い

 村長であるネロに呼ばれ、その後ろを歩く。

 既に夜も更け、月明かりが道を照らす。その道を進みながら村長は口を開いた。


「君には感謝してもしきれないな」

「それはもう何回も聞きました。錬成術師として当たり前の事をしただけですから」

「世の為、人の為、だったか?」

「はい、そういう事です」


 ただ、自分自身の理念に従ったまで。

 そんな事を考えていると、どうやら目的の場所に到着したらしい。

 場所は村長の家か?

 村長は家の玄関扉を開け、中へと足を進める。


「入ってくれ」

「村長の家ですか?」

「ああ、そうだ。少し見て欲しいものがある」


 そう言われ、促されるがままに家の中へと足を踏み入れる。

 すぐさま通された場所はリビングであり、その中央に置かれた机。

 その机を退かし、村長は床を剥がす。


「これは……階段か?」

「ああ、ついてきてくれ」


 言葉少なく、村長は地下へと伸びる階段に足を進める。

 奥に行けば何か分かるだろうか。

 私も村長に付かず離れずの距離を保ちながら進む。

 中は薄暗く、壁には蝋燭の火が灯っているだけ。しかし、地下室へと向かう階段はしっかりしているようにも感じる。

 私はその感触を足で感じながら、口を開く。


「これ、結構しっかり創ってありますね」

「ああ、妻が創ってくれた地下室でな。活用する事なんて無いと思っていたが、まさかそんな日が来るとはな」


 懐かしさと愛おしさ。その二つを感じさせる穏やかな村長の声音。

 それは同時に何処か悲しさを感じさせる。

 もしかして、奥さんは……。

 それ以上踏み込むような事はせず、私は足を進める。

 それから階段を降りきり、視線の先には蝋燭の火とは違う、一際大きな光が見えた。

 

「あそこだ」

「……あの光は」


 その光には見覚えがあった。

 それと同時に感じる妙な熱気。チリチリと肌を焼くような感覚に記憶が呼び起こされる。

 同じくそれを感じているであろう村長は全く意に介する事なく、足を進め、地下室に入っていく。

 地下室に入り、視線に入ったものを見て、私は小さく頷く。


「やはり、そうか……これは……」


 壁に立てかけられた剣の鍔と取っ手。しかし、剣に重要な刃が存在しない。

 代わりにあるのは小さな火。赤くゆらゆらと燃える火は消える事なく、静かに燃え続けている。

 

「レーヴァテイン。なかなかの完成度だ。まさか、ここまで再現に至るとは……」


 私は素直に関心してしまう。

 レーヴァテイン。

 大錬成術師ヘルメスが作り上げた『伝説』の一つ。

 薪が無くとも永遠に燃え続ける『永劫の火』であり、対象を燃やし尽くすまで決して消える事のない『万物を灰燼と化す焔の剣』

 まさか、これを再現するような人間が現れるとは。

 私は心の中に興味が沸き、レーヴァテインを観察する。


「凄いな……レーヴァテインの無限ともいえるエネルギーの再現性が極めて高い……それだけに留まらず、焔の出力も人間が扱えるギリギリを攻めているな。結構、器用な調整まで入っている……うん、見事だ。村長、かなり時間を有したんじゃないか?」

「私の妻が基礎を創ってからおおよそ、18年。村の皆で協力して創ったものだ」


 なるほど。知恵の結集。まさしく、ここスマラナ村が持つ最終兵器といった所か。

 私がレーヴァテインを観察していると、村長は近くにあった椅子を引き、腰を落ち着かせる。


「貴方にこれを見てもらったのには当然、理由がある。これは村のトップシークレット。大人たちしか知らない事だ」

「……戦う気か?」


 村長が言うよりも前に私が尋ねると、小さく頷いた。


「……ああ、そうだ。気づいていたのか?」

「事情までは分からない。だが……この村には大きな闇が潜んでいるのは何となく察していた。この村を蝕んだ錬魔病に、ステラの異様な態度。そして、ステラの首に仕込まれた錬成術。

 あれは首輪だろう? 命令違反でもすれば爆発するような悪趣味なものだ」


 私が自分自身の首を指差すと、村長は膝に手を当て、ふっと小さく笑う。


「気づいていたのか。貴方は相当目敏いらしい」

「私から一つ聞きたい。何故、この村には錬魔病が蔓延った? ここにあるレーヴァテインを作るだけでは錬魔病は蔓延しない。錬魔病というのは――」

「金銭錬成と人体錬成。その二つの禁忌、そのどちらかを犯さなければ蔓延しない。だろう?」


 今度は私の言葉に村長が重ねる。

 知っていたのか。すると、村長は頷いた。


「ああ、知ってる。無論、私たちはそのような事をしていない。全ては10年前に現れたイリュテムという男のせいだ」

「イリュテム?」

「今から10年前。突如、この村にイリュテムという男が現れた。その男はステラとリアーナを人質に取り言った。私の言う事に従え。さすれば、二人の命は助けてやる、と」


 良くある話、と言えば良くある話なんだろう。

 私が押し黙っていると、村長は言葉を続ける。


「その提案を私たちが聞いた時、当然、拒絶した。奴が持つ巨大な悪意を私たちは感じていたし、何より私たちには戦える力があった。戦わなければ……村が終わるとそう思った」

「なるほど……」


 誰にでも使える錬成術。それは大きな武器となるのは間違いないが、素人がいきなり戦闘武器を作ろうとしても上手くはいかない。

 しかし、誰しも訓練をして、錬成していけば、戦う事が出来るようになる。

 当然、そこから先の実力は練度とセンスの話になるが……。

 自分の身を守るくらいであれば、一ヶ月みっちり鍛えればどうにかなるものだ。

 

「それで?」

「…………」


 ぎゅっと強く拳を握り締める村長。

 顔は悔しさと申し訳なさで歪み、怒りすらもあるような表情になる。


「……私たちは敗北した。3分の1の村人たちを犠牲にし、村を焼かれた。何か間違えば私も殺されていた。それを……ステラが救ってくれたんだ」

「ステラが?」

「ああ。自ら奴隷になると言い……村を救う為に、自分の身を犠牲にしたんだ……」


 村長は悔しさを滲ませ、言葉を続ける。


「私は……娘にそんな事をさせてしまった……あの時……奴に勝てる力が無かったばかりに。私たち、スマラナ村に住まう人は皆……ステラに救われたんだ。あの時、ステラが身を犠牲にし、奴隷になったから」

「…………」


 なるほど。

 何となく状況が分かってきた。あの時、ステラが私を遠ざけていた理由も。

 ただの彼女の善意。巻き込みたくない、という彼女なりの優しさか。

 10年。ずっと辛いものを背負ってきている。


「……ステラは村が大好きなんだな」

「ああ、そうさ。あの子は昔、暴君なんて言われてね。色々な人に迷惑を掛けていた」

「暴君……」

「しかし、ステラの本質は優しい子だ。村の皆がそう思ってるし、それを分かってる……。今だって弱音一つ吐く事なく、私達に心配をかけない為に……一人で懸命に戦っている!!」

「…………」

「私は親として……情けない……あの子の夢の一つも叶えてやれない……私自身が」

「夢?」


 夢。

 その言葉に私は興味が沸く。村長は嬉しそうに頬を綻ばせる。


「大錬成術師ヘルメスのように世界中を見て回り、困っている人を助けたい、と」


 村長はまるで自分の事のように嬉しく語る。


「素晴らしい夢じゃないか。なのに……10年前からステラはその夢を口にする事は無くなった。村の為に自分を押し殺し……生きていく道を選んだんだ……。私たちの力不足で……けれど、それも今日までだ」


 村長の表情が変わった。

 何かを決意した顔。それは私も良く知っている表情だ。


「……なるほど。決戦か」

「そうだ。もう私はこれ以上、ステラを傷つけさせる訳にはいかない……錬魔病になり、戦う事は出来なくなってしまい、もう希望は潰えたかのように思ったが、君が救ってくれた。

 これは――私たちにとって最後のチャンスだ。明日、私と村の大人たち、全員でイリュテムを倒す。この村を犠牲にしたとしても……私たちはステラの為に戦うつもりだ」


 その言葉はどこまでも力強く、決して揺るがないもののように感じた。


「……勝算は?」

「低いだろう。しかし、私たちは10年間、ずっとステラに救われてきたんだ。自分のしたい事も何もせず、ただ村の為に……奴隷のように働き続けてきた。私たちは……彼女を解放してやりたい。

 そして、この広い世界を見て欲しいんだ。ステラの望むように、思うがままに世界を巡って欲しい。それが……親心、というものさ」

「…………」


 父が子の為に出来る事。

 10年間も強いてきた苦しみに報いる為に。

 彼は死ぬつもりだ。そして、それを止める事は出来ないし、止める権利もない。

 私は一つ息を吐く。


「そうか……では、ステラは私が連れて行こう」

「い、良いのか!?」

「当然だ。私も極天と呼ばれる場所に行かなければならない。長い旅をする事になる。それにステラを同道させよう。しかし、一つだけ条件がある」

「条件?」


 私は真っ直ぐに村長を見据える。

 せめて、私の思いくらいは伝えておこう。


「死ぬな。絶対に勝て。そうじゃなければ、子供たちが悲しむ事になる」

「……ふっ。ああ、分かった。ありがとう」

「良い。人の意志というのはそう簡単に止められるものじゃない。貴方たちはもう決めたんだろう? 戦うと」

「ああ」

「だったら、死力を尽くして戦い抜け。その先には必ず――希望がある」


 そんな言葉を残し、私は地下室を去る。

 人の意志というのは厄介なものだ。そして、それを止める事、変える事というのは難しい。

 私は部屋を出て、階段を上がりながら呟く。


「……やはり、調べるべきだな。それに私はハッピーエンドが好きなんだ。いつだって、そうしてきたからな。悪いが……少し、首を突っ込ませてもらうぞ。私の意志もまた誰にも止められないのだから」

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