第6話 村の決意

「はい、どうぞ」

「わぁ~……すっごく綺麗!! ありがとう!!」

「どういたしまして」


 宴会の最中、私はいつの間にか回りに集まっていた子供たちへ錬成物のプレゼントを創っていた。

 きっかけは一人の少年に『剣』を創った事が始まり、村や子供の噂というのは本当に早いもので来る子、来る子が思い思いに欲しいものを口にし、創って欲しいと言われている。

 当然、こうした子供のお願いを叶えるのも錬成術師の務め。

 私は嫌な顔一つせず、目の前の少女にクリスタルで出来たフリージアを渡す。

 月光にキラキラと煌くフリージアと同じくらいに少女は目を輝かせる。


「難しい花を知ってるんだな」

「うん。お母さんがね、前に見せてくれたの!! でも、この辺りには全然無くて……おじさん、ありがとう!!」

「良いんだよ」


 私が優しく少女の頭を撫でてやると、嬉しそうに頬を綻ばせる。

 こんな子供が居たんだな。

 病が蔓延していた事からこの村の未来は薄暗いものだと思っていたが、今も子供たちが走り回っていたり、食事をしていたり、自由な時間を過ごしている。

 

 良いものだな。


 心の底から思う。未来を作り上げる子供たちが何の心配もなく、未来に向けて生きられる世界。

 ここはまだそんな世界ではないにせよ、一時でも子供たちの笑顔が見られるのなら嬉しい事はない。


「さて、次は誰かな?」

「あ、あのッ!!」


 周りに集まり、やいやい騒いでいる子供たちに尋ねると、一人の少年が手を上げた。

 顔には緊張が見えているが、勇気を出したといった様子。無碍には出来ないな。

 私は少年を見る。


「何を創って欲しいんだ? 何でも良いぞ」

「えっと……剣を……どんな人でも殺せる剣を下さい!!」

「…………」


 その言葉を発した時、現実に一気に引き戻されるように静まり返る。


……子供たちも分かっているのか。


 この村が今、どういう状況なのか。私が顎に手を当てると、クイクイっと服の裾を引っ張られる。

 そこには可愛らしい少女が居た。


「ん? どうした?」


 私は出来るだけ少女と視線を合わせると、彼女は言う。


「この村はね……悪い人が居るの」

「そうなんだよ。アイツが現れてから何か母ちゃんは皆、辛そうだし。食べ物とかだって、全部俺たちに分けてくれるんだ……なのに、全然、理由も言ってくれないし……。山に行った父ちゃんは帰ってこないし……それをステラ姉ちゃんに聞いても、ごめんって言うだけで、何も教えてくれない。

 でも、それって山に悪い奴が居るからだろ!! だから、そいつを……」

「殺すのか?」


 私の言葉に少年は小さく頷いた。


「殺しが悪い事だと分かってるのか?」

「分かってるよ。でもさ……そうじゃないと……」

「村を救えない」

「うん……」


 少年は確かに頷いた。けれど、その表情には迷いがある。

 当たり前だ。殺しが悪い事なんてのは誰だって知ってる。

 それでも誰かがやらなくちゃいけない。

 私は少年に近づき、頭の上に手を置く。


「君は勇敢だ。誰よりも強い勇気を持ち、巨悪に挑もうとしている。それだけ……村の皆が大好きなんだな?」

「うん。でも、村の皆じゃなくて……お、俺はステラ姉ちゃんが……」

「アンタ、ステラ姉の事、好きだもんね」


 近くに居た少女が少年に言うと、顔を真っ赤にする。


「ち、ちげーよ!!」

「え~、あたしもステラお姉ちゃんの事、好きなのにー!! いっつも優しくね、笑ってくれるんだよ!! それで、いっぱい頭も撫でてくれて、抱っこするとすっごくあったかくて、優しいの」


 ワイワイ、と子供たちがステラの事を嬉しそうに語っている。

 やれ、優しいだの。やれ、村をいつも見てくれているだの。やれ、遊んでくれるだの。

 本当に際限なく、愛されているんだな、と実感できる程にステラの話が聞こえてくる。

 けれど、一人の少女が俯いた。


「でも、最近のステラお姉ちゃん、何か変だよ。ずっと辛そう……」

「そう? いつも通りだと思うけど?」


 分かってる子と分からない子が居るらしいが、子供というのは良く見ているものだ。


「そうか。皆、ステラが大好きで、村も大好きなんだな。ハハハ、本当に可愛らしいな。良し、じゃあ。そんな皆に一つ、大事な事を教えてやろう」

 

 私が声を上げると、子供たちの視線が私に集まる。

 私は一つ咳払いをし、口を開いた。


「もしも、君たちにとって大好きなものが脅かされたとしても、殺す事だけは絶対にやったらいけない。それは私も大嫌いでね。殺しとは人の道から外れ、人ではなくなってしまう。

 それに一度、人を殺してしまうと、また殺せば良いという考え方が生まれてしまうんだ。これは錬成術も同じでね」


 私は子供たちの前に一本の剣を創り、見せる。


「これを創ったのは誰だ?」

「……おじさん?」

「そう。おじさんだ。じゃあ、おじさんはこの剣を君達に振るかな?」

「振らない……」

「ああ、そうだとも。皆を傷つけてしまうからね。私はそんな事をしたくない。けれど、人によっては簡単にこれを振ってしまうんだよ。人を簡単に傷つけても構わない、そう考えてしまう人が居る。

 私は皆に、そんな風にはなってほしくない。だから、錬成術師の祖であるヘルメスは錬成術にある掟を創ったんだ。


 それが――世の為、人の為。だ」


 私は剣を消失させ、子供たち一人一人を見る。


「世の為、人の為に何かをする。人を殺す。これらに共通するのは人の『意志』だ。心、とも言っていいね。その心を壊す行為。それが殺しだ。殺した人間は必ずまた殺す。障害となった人間を排除すればそれで良い、と考える。そうなってしまってはもう元には戻れない。意志を殺し、その意志を果たす為、殺す。そんな悪循環が生まれる。

 だから、君達は殺しちゃいけない。私は君達には世の為、人の為に生きていて欲しい、そう願っているから」

「じゃあ、ど、どうすればいいんですか? この村を救う為には。そ、その悪い人をどうにかしないと……」


 少年の言葉は最もだ。

 殺しがダメならどうするか。私は少年の頭の上に手を置き、撫でる。


「殺さずに、戦って勝てばいい。そして、戦って勝てなければ助けを求めればいい。それだけさ。だって、錬成術とはその為にあるんだから」

「助けを求める?」

「ああ、もしも、君達が勇気を振り絞って戦い、負けてしまったのなら、助けて欲しいと素直に言えば良い。必ず誰かが助けてくれる。

 先人はこう言った。救いは意外にも近くにあるものだと。良く覚えておくと良い」


 私がそう言うと、子供たちは互いに顔を見合わせる。

 まるで何かを示し合わせるように。それから、全員が口を開いた。


『おじさん。助けて下さい!!』

「…………ふふ、了解した」


 私の言葉に子供たちの顔はぱぁっと明るくなっていく。

 素直な良い子たちじゃないか。だったら、この子たちの為に村の事を調べなければならない。

 私は子供たちの顔を見る。


「良し。じゃあ、早速私は村を少し調べるとしよう」

「……すまない。少し良いか?」


 と、私が動こうとした時だった。背後から声を掛けられ振り向く。

 そこにはステラの父であるネロ=スマラナが神妙な面持ちで立っていた。

 ネロは子供たちを一瞥してから、口を開いた。


「少し、話がしたい。宜しいか?」

「勿論だ」


 私は二つ返事で受ける。

 それから私は子供たちと別れ、ネロと一緒に歩いていった。

 

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