第5話 ステラの過去

『…………』


 ペラペラとページを捲り、本を眺める少女ステラ。

 興味津々といった様子で目を輝かせ、本をじーっと眺めてはニコニコと笑みを浮かべる。


『すごーい……大錬成術師ヘルメス!!』


 興奮に顔を赤くして叫ぶステラは『ヘルメス全書』と書かれている本をぶんぶん、と縦に振り回す。


『ヘルメス、かっこいい!! 世界中を大冒険して、世界中に錬成術を広めた人……。何回も世界の危機を救ってて……すごいなぁ……』


 ステラは本を眺め、その中にあった一節を口にする。


『錬成術は世の為、人の為に使うべきもの。大きな力を使うという事はそれだけ大きな責任が付き纏い、時には人を傷つけ、人を守る力になる……力とは正しく振るわれるべきものだ。そして、それを決めるのは平等に与えられた意志である』


 この一節はステラが大好きなものだった。

 誰かを守る事の出来るヒーローのようでかっこよかったから。

 この世界で錬成できないものはない、とまで言われた偉大なる錬成術師ヘルメス。

 ふと、ステラは部屋の中にある金色のオルゴールを見た。それはステラの姉代わりであり、大親友のリアーナを守り、そして、ステラが多くの人を傷つけた戒めの証。

 ステラは再度本へと視線を戻し、ページを捲る。


『レーヴァテイン……全てを灰燼と化す焔の剣……。これ、すごいよねぇ。ヘルメスってこんなのをポンポン作ってたのかな?』


 本のページの最後には『レーヴァテイン』と呼ばれる炎の剣の記述がある。

 何でもヘルメスが作り上げた最高傑作のうちの一つであるらしく、『伝説』と称される錬成物。

 何とこれらは現代の錬成術師では創る事が出来ない、とまで称される代物らしい。

 ステラはもう一度、本を開く。


『あ、いっけない。全部読んじゃった。違う違う……錬成陣の創り方を……』


 いつもそうだ。

 錬成陣の勉強の為に開いたのに、ヘルメスの冒険譚が面白くてついつい読みきってしまう。

 ステラが本を開こうとすると、コンコン、と部屋がノックされる。

 ゆっくりと開かれるボロボロの扉の先には二つの大皿を持ったリアーナが居た。


『もう、やっぱり、ここに居た。ステラちゃん。カレー持ってきたよ』

『あ、リアーナ。ありがとう』

『ここまで上がってくるのも大変だし、村の人たちを説得するもの大変なんだからね』

『大丈夫、大丈夫』


 ここはリアーナとステラの秘密基地だ。

 スマラナ山の中腹に存在する掘っ立て小屋を活用し、作り上げたもの。

 主にステラの修行とリアーナの料理研究に使われている。


『そもそも、村でやればいいんじゃないの?』

『ダメダメ。ヘルメスは自分の工房を沢山持っていたって話だし!! 私もそれに倣わないと』

『ホント、ヘルメス好きだね~』

『うん。だって、誰よりも世界の事を考えて、世界を冒険して、錬成術ってすごいものを世の中全部に広めたんだよ!? 私だっていつか、ヘルメスさんみたいに世界中を冒険して、沢山の人を助けたい!! そういう事、やってみたい!!』


 目を輝かせるステラの言葉にリアーナは一つ息を吐く。 

 それから机の上に持ってきた二つの皿を置き、口を開く。


『じゃあ、ご飯はちゃんと食べようね。それから錬成術の練習。ステラ、錬成陣は書けた?』

『うん。書けてるよ。多分、大丈夫』

『一応、確認してみるね』


 今日、20回目の錬成陣を起動する。

 それもかなり簡単な、巨大な桶を作るというものだ。

 錬成術の初歩の初歩。これが出来なければ錬成陣は創れない、と言われるモノ。

 なかなか上手くいかなかったけれど、今回こそは。

 リアーナは幾何学模様に書かれた錬成陣を確認する。


『ん~……変な所は無いかな。何か、文字が下手だけど……』

『そ、それはしょうがないじゃない。許して』

『分かった分かった。じゃあ、カレーを食べてからね』



 


 ああ、そうか。

 随分と懐かしい記憶だと思ったら、これは私の後悔か。

 この後、私はリアーナと共に錬成陣を起動した。

 失敗をする事なんて全く考えていなかった。

 だって、全ては私の尊敬するヘルメスさんと同じ事をしたはずだったから。


 でも、そこに現れたのは――。


 黒ローブの男、イリュテムだった。


 いきなり私たちの想像するよりも錬成陣が暴走を始めて、イリュテムが呼び出されていた。


『初めまして……お嬢さん』


 紳士的な態度とは裏腹に感じた明確なまでの悪意。

 私は駆け出した。この男を自由にさせてはいけない、そう思って。

 けれど、私はすぐに組み伏せられた。


『ぐっ……』

『おお、おお。随分と威勢の良い』

『ステラちゃん!? このっ!?』


 私が組み伏せられてリアーナがすぐに動いたけれど、バケモノの腕で蝿のようにリアーナは簡単に弾き飛ばされる。

 その時、オルゴールの置かれていた棚に背中を強打し、オルゴールが落ちる。

 

『さて、人質は手に入れた……。これから、お前たちは私の力によって支配される』


 その言葉と同時に私とリアーナを連れて行き、彼は村へと降りていった。

 そこで村長である私の父と対峙し、彼は言った。


『人質を返して欲しくば、私の支配を受け入れろ』

『何だと……随分と面白い冗談を吐く』

『……ほぅ。戦える村、か』


 お父さんと村人たちは錬成術で武器を作り、彼と相対した。

 私はその時初めて知った。この村の皆が戦える事に。希望があった。勝てる、この男を追い出せるって子供ながらに思った。

 でも、それは――圧倒的な力を前にはあまりにも無意味だった。


 村は焼かれ、村人の3分の1の命が一瞬の間に奪われた。


『ぐっ……』

『お父様……』

『私に与しろ。貴様等は奴隷だ。もう、こんなにも数を減らして……勿体無い』

『殺したのは貴様だろう……』


 首を掴まれ、持ち上げられるお父様。それでも顔には全くの諦めが無かった。

 でも、私は違った。


 私のせいだ。私が……彼を呼び出してしまったから……。

 私のせいで、お父様が、村の……皆が……。


 全部、私のせい。


『ま、待って……待って……下さい』

『ステラ……』

『ほぅ……何だ?』


 イリュテムは視線だけをこちらに寄越し、お父様は口元から血を流しながら言う。


『バ、バカな事は言うな。ステラ……』

『私のせいなんです。だから……私が……わ、私が……貴方の、奴隷になります。ですから……お願いします……村を……これ以上皆を……傷つけないで、下さい……』


 私は膝を折り、何度も何度も頭を地面にこすり付ける。

 そうする事でしか皆を助けられないと思ったから。

 そんな姿を見て、父は悔しげに唇を噛んでいたけれど。私はやめなかった。


『フフ、ハハハハハハッ!! 良い、良い!! そう、力とはかくあるべきなのだ!! 全てを支配し、隷属させる……これこそが私の力ッ!! であれば』


 そんな言葉と同時にイリュテムは私の首に錬成術を仕込む。

 逆らえば、首が飛ぶ隷属契約。


 この日からスマラナ村はイリュテムの支配下に置かれ、村そのものが奴隷になった。


 この日から私の生活は一変した。


『ステラちゃん……』

『大丈夫。リアーナ。それより、村の皆は大丈夫?』

『だ、大丈夫だけど……皆、心配してるよ?』

『大丈夫だって。大丈夫』


 村の全体を見て回って、誰一人欠けていないか確認して。

 

『おい、ステラ。生贄を連れて来い。今回はコイツだ……』


 イリュテムが命じる一年に一度の生贄を連れて行く事もした。


『……ステラ』

『……何、かしら?』

『ごめんな。こんな辛い事押し付けちまってさ。俺たちが弱かったから……お前にばかり辛い思いをさせちまう』

『……………』

『ステラ。村の奴等は誰一人としてお前を恨んじゃいない。お前が誰よりもキバって頑張ってるのは知ってるんだ。全部、俺たちが弱いから起きちまった事。だからよ……』

『……もう、良いわ。もう』

『そうか……。負けんなよ、ステラ!!』


 同胞の死を見る事もあった。

 どんどん明るかった村が暗くなり、大好きだった村の皆の笑顔が消えていった。

 それでも私は。


『…………』

『あ、ステラちゃん。今日も見回り?』

『…………』


 村に変化は無いか。見て回って。

 

『大丈夫よ、私は。それよりも、病気なんかに負けたらダメよ?』

『ごめんなさいね……辛い思い、させちゃって』

『何言ってるのよ。自分の体を心配なさい』


 病に倒れる人たちを励まし続けた。たった一人でも私は戦い続ける。

 村の為に。私のせいで死んでしまった人に少しでも報いる為に。

 私は……一人で戦わなくちゃ、いけない。










「んっ……アレ……ここは……」


 見慣れた天井が見える。

 私はゆっくりと身体を起こし、部屋を見た。ここは、私の部屋?

 外からは何か騒がしい声が聞こえる……。

 何があったんだっけ。

 記憶を呼び起こし、私は思い出す。


 そうだ。オルタナさんの山に向かって、食糧を取りに……。


「あっ!!」


 時間を見ると、既に夕刻。

 随分と気を失ってしまったらしい。私はすぐにベッドから飛び出し、家の扉を開ける。

 その瞬間、飛び込んできた光景に目を疑った。


「え…………」


 そこは村の中央広場。今まで錬魔病に苦しんでいた人たちが寝込んでいた場所だったはず。

 けれど、今は――。


 中央には木で組まれた巨大なキャンプファイヤーのような火が燃え上がり、その上には巨大な猪が吊るされていた。

 それだけではない。その周囲では村人たちが思い思いに話をしながら、笑顔で居た。

 そう、それはまさしく――宴会だった。


『かーっ!! 死の淵から蘇って飲む酒はウマい!! まさか、オルタナさんが酒まで作れるなんてな!!』

『ちょっと!! それ、私の串焼き!!』

『おぉ~い、リアーナちゃん。こっちにもくれよ!!』

『ちょ、ちょっと待って!! 手が回らないの!? ていうか、手伝ええええええええッ! 飲んだくれ共がああああッ!!』


 何をしているんだ?

 私が困惑していると、飲んだくれ共を叱責したリアーナの代わりに村の女性たちが料理をする。

 リアーナは家の外に居る私に気づいたのか、駆け寄ってくる。


「ステラちゃん!! 目、覚めたの!?」

「リアーナ……ねぇ、これ、どういう状況ですの?」

「あー……ビックリするよね~……まぁ、経緯としてはあの後、オルタナさんがね、あんなにも巨大な猪を連れてきてね。これを全員で食べようってなったんだけど、村長がいきなり、宴会にしようとか言い出して……それで村の人たちまで同調し始めて、ほら、皆、宴会とか大好きだから……」


 リアーナはあはは、と困惑した様子で宴会している村人たちの光景を見つめる。


「でも……皆、病も治って元気いっぱい。ふふ、まぁ、祝宴って事じゃないのかな?」

「祝宴って、まだ何も……」

「何も終わってなくても……また、何かが始まるんだよ」

「え……」


 リアーナは懐から金色のオルゴールを取り出し、私に見せる。

 それはオルタナさんの手によって直され、綺麗な音色を響かせている。

 懐かしい音色……昔、いつもリアーナと一緒に聞いていたっけ。


「ねぇ、ステラちゃん。もう一人で……」

「リアーナ」

「…………」

「私は大丈夫だから」


 もう、数百回は言ったであろう言葉。

 それを聞いてリアーナは顔をクシャリと歪ませる。


「……そんなに自分を責めないで」

「責めてるんじゃない。これは私のせい、ですから。大丈夫。私が必ず何とかしますから。だから、リアーナは何も気にしなくてもいいの」

「……そっか。そう、だよね。ステラちゃんはそういう子、だもんね」

「ええ」


 私の言葉を聞き、リアーナは目元を拭い、笑顔を見せる。


「分かった。じゃあ、もう言わない」

「ありがとう。そうやって居てくれたら、充分、私の力になっているわ」


 リアーナはうん、と頷き、私の傍から離れていく。

 私は村人たちの様子を見つめる。皆、楽しそう……。

 これも全部、村を救ってくれたオルタナさんのおかげ。


 彼に頼めば――。


 そんな考えが一瞬、頭を過ぎる。


『この男を殺せ。そうすれば、リアーナの生贄を伸ばしてやろう』


 村を救ってくれた人を殺す。

 そうすれば、私の親友は救える。けれど、村を救ってくれた人を見逃せば、リアーナが……。

 私は一つ息を吐き、村人たちの笑顔を見た。


 私の心は――決まってる。


 溢れそうになるものが零れ落ちてしまいそうになる。


 でも、私は――。


「ごめんなさい。私が……皆を助けるから。それが私にしか出来ない事だから。私がやらなくちゃいけない事だから。皆を守る為に……そう、決めたんだから」

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