第4話 山中の話
スマラナ村の裏手にある山。通称 スマラナ山。
山道に敷かれた落ち葉の絨毯を踏みしめながら、私とステラは山道を行く。
キョロキョロと辺りを見渡す。
人はおろか動物の気配すらも感じられず、私は首を傾げる。
「……気配が無いな。隠れているのか?」
「……そんな事も無いと思うけれど。村の皆が病に倒れるまでは狩りをしていたから」
「そうなんですか……」
あの先生も言っていた。
動物なら山に居る、と。それに村の人たちは一時的に病に倒れていたのだから、狩りをしていない。動物たちは喜び勇んで出てくるような気もするが……。
私が辺りを見渡していると、ステラが手近にあった岩に腰を落ち着かせる。
ここまで歩いていてステラも疲れてしまったのか。私はステラに声を掛ける。
「少し休憩しよう」
「あ……ごめんなさい。別にそういうつもりはないわ」
「いや、良い。このまま闇雲に探したってただ無駄に消耗するだけだ」
私も手近な石に腰を落ち着かせる。
それからスマラナ村について考える。
あの病、錬魔病に。10年前に当主が変わったという話。
気になる事も多く、私はステラを見る。
ステラはぼーっとした様子で空を見上げていた。
「ステラ」
「…………」
「ステラ?」
「あっ!? ご、ごめんなさい。何かしら?」
ぼーっとしていたせいで返事が遅れたのが申し訳ないのか、曖昧に笑いながら言うステラ。
何か気にしているのか?
そんな状況で何かを聞くというのも忍びない。
私はステラに笑みを浮かべる。
「どうした? 考え事でもしていたか?」
「別に。何でも無いわ。大丈夫。それよりも貴方が聞きたい事、あったんじゃないかしら?」
取り繕うように言うステラ。何かを隠しているようにも見えるが、こういうときの人は何かを聞いたとしても答えてくれないのは良く分かっている。
私は小さく頷く。
「ああ、少しな。あの村について聞きたい事がある」
「村?」
「あの村で病が蔓延したのは数ヶ月前だとリアーナが言っていたが、それは本当か?」
ステラは腕を組み、考え込む。それから思い出したのか口を開く。
「ええ、そうね。そのくらい……だったと思いますわ。それからすぐ先生が王都に行って、医者とか錬成術師に話をしたんだけど、全く相手にされず、治療法もないと言われたと言ってましたわ。それからは村で何とかしていたんですけど……」
「なるほど……」
「ねぇ、貴方はどうしてあの病を治す事が出来たの?」
至極当然の疑問だろう。
医者や錬成術師が匙を投げていたのをあっという間に解決してしまったから。
彼女には話しておこう。
こうしてこちらの情報を渡す事で何かこの村について分かる事があるかもしれない。
「あの病が何なのか分かれば簡単さ。あの病は錬魔病だ」
「錬魔病? 聞いた事無いわね……」
首を捻るステラに私は頷く。
「聞いた事が無いというのも無理はない。あの病は罹ったら最後、その地域の人を全員殺すまで蔓延し続けるものだから」
「え……どういう事?」
「絶滅させるまで病が広がり続けるという事さ。初期に風邪と似た症状が起こり、一気に衰弱し、悪くなっていく。それからは緩やかにジワジワと身体を蝕み、死に至る。もって1年。しかも、死体にはその痕跡が残らない。死体を解剖しようとも、錬成術で調べようとも、絶対に出てこない」
「どうして?」
「錬魔病というのは、錬成術における禁忌を犯したものたちへの罰だからだ」
私の言葉にステラが目を見開く。
「罰?」
「錬成術とは万能の力だ。やろうと思えばどんな事だって出来る。今じゃ、人々の生活に欠かせないものになっている。それは君も知っているだろう?」
「ええ、そうね。リアーナも料理する時使っているし」
確かに。
リアーナがカレーを作る際火をつけるのは錬成術で創られたものであるし、あの鍋等もそうだ。
熱伝導等が考えられ、食物をよりよく火を均等に通せるように考えられている。
私に投げたフォークだって、壁に突き刺さるほどに頑丈だ。
そうした日常生活で使われるものにも錬成術によって創られたもの、錬成物は使われている。
「ああ、そうした日常生活に溶け込んでいるからこそ世の中にはよからぬ事を考える人も居る。本当に……残念な事だがな。だから、大錬成術師ヘルメスは錬成術に誓約をつけた。
それが錬魔病だ。錬成術を世の為、人の為に使わず、人の道から反したものたちに罰を与える為にな」
「…………それは錬成術が正しく使われる為に?」
「そうだ。ヘルメスは『世の為、人の為』という基礎理念を何よりも大切にしていた。それは錬成術が多くの人の利になると同時に害になるのも知っていたからだ。そして……人の意志を簡単に止められない事も分かっていた。だから、罰という形で抑制しようと考えた。その果てが錬魔病だ」
そう。
人の意志は止められないし、強く尊重したい。
意志だけはどんな状況、立場であったとしても、人に与えられた平等なる権利。
それは誰かに侵害されるものではない。しかし、その意志こそが時に牙をむくのも知っている。
ステラは顔を俯かせ、口を開く。
「それで? その罰になる錬成って何なの?」
「一つは『金銭錬成』だ。せっかく人間が作り上げた経済を破壊する行為。一度、狂ってしまう経済を元に戻すのは並大抵ならぬ力が必要になるからな。金銭錬成は罰の対象となる。
そして、もう一つが『人体錬成』。人が理の道を反し、人を創る行為。これもまたその一つだ」
「金銭錬成と……人体、錬成……」
緊張からなのかゴクりと喉を鳴らすステラ。
「そう、なのね……じゃあ、貴方はこの村でそのどちらかが起きてるって考えるわけね」
「そう考えるのが自然だ。君は……何か知っているんじゃないか?」
「…………」
私の問いかけにステラはゆっくりと立ち上がる。それから背を向けたまま言う。
「別に。何も知らないわ」
「そうか……それは残念だ」
「……ねぇ」
「ん?」
しばしの沈黙の後、ステラが口を開く。
「やっぱり、貴方は村を出るべきよ。貴方はここにいるべきじゃないわ」
「君にあの酒場でも言われたな。そうは言われても、私はここから離れる気は無い。この村には何か大きな闇がある。それを解決するまでは出られないな」
「……人の意志が大事なんでしょう? 私は部外者に関わって欲しくない。この村の問題に首を突っ込まないでちょうだい」
「それが――君の本心か?」
そう言った時だった。
山全体を振るわせるような轟音が鼓膜を震わせる。
私とステラが思わず耳を塞ぐ。
「な、何だ、いきなり!?」
「っ!? 何!?」
「あっちか!?」
大地の唸り声、とでも言えばいいのか、とてつもない声が未だに聞こえてくる。
何か居るのか。私はステラに声を掛ける。
「ステラ、君は村に戻れ」
「待って!! この声の方角って……私たちの秘密基地!?」
秘密基地?
そんな言葉に疑念を抱くと同時にステラが駆け出す。
木々がざわめき、大地が揺れる。
そんな中を駆け出し、山道を進むと、声の主が明らかになる。
それは小屋を中心とし、巨大な幾何学模様の錬成陣が光り輝く。
そこからは黒い灰のようなものが漏れ出し、首だけを出した巨大な猪が姿を見せていた。
「なっ……何で!? アレはもう動かないはずなのに!?」
「錬成陣……それに、アイツは……」
錬成陣から抜け出るように巨大な猪が錬成陣から身体を出し、私とステラを睨み付ける。
次の瞬間――。
スゥっと息を吸い込む。
「●●●●●●●●ッ!!」
声にならない雄たけびを上げ、それが衝撃波となり、私とステラに襲い掛かる。
両足に力を込め、吹き飛ばされないように堪える。
周囲の木々は根から抜け飛び、ステラもまた突然の事だったのか身体が宙に浮き、飛んでいく。
「ステラぁ!!」
私が声を上げると同時にステラは耐えていた巨木に背中を打ちつける。
「ッ!?」
ドサっと地面に倒れ、動かなくなる。
くっ、すぐに奴を止めなければ。
まさか、こんな所でモンスターが現れるとは――。
私は巨大な猪を観察する。
猪は息を吐き終え、その赤く血走った瞳を私に向ける。
口元からは食欲が溢れているのか、涎がボタボタと落ちる。
コイツは見た事がある。
セーフリムニル。
ただのモンスターではなく、肉として利用する事が出来る希少なモンスター。
まさか、ここでコイツに会えるとは。
これは好都合。私はニヤリと不敵に笑う。
「これは良い。一気に食糧問題の解決だ。ステラも助けたいし、悪いが――すぐに終わらせる」
その後――。
スマラナ山に全てを焼き尽くす巨大な『火柱』が立ち上がった――。
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