第2話 錬成術師の力
リアーナに頼みごとをされ、私は村の中を見て回っていた。
村の中を見て一番に思った事。それは人が見当たらない事。
「これは……人が全く見当たらないな……」
「……もう殆どが居なくなってしまって」
放置されている畑。手入れされていない農作業道具。村全体が陰鬱な空気で包み込まれている。言い方を選ばないのであれば、廃墟。そんな言葉が正しいと思えてしまうほど。
私は周囲を確認する。
誰か、居ないものか。居た。一人、見つけた。
けれど、その人もまた。
「ゴホッ……ゴホッ……あ~……」
「あっ……大丈夫ですか?」
家の壁にもたれかかっている男に駆け寄るリアーナ。
すると、男は手に持っていたビンを呷り、リアーナを睨み付ける。
「あぁ? ああ、何だ。リアーナちゃんか。すまねぇな……ちょいと外の空気が吸いたくなっちまってよ……ゴホッ、ゴホッ……」
咳き込む男の顔色は青白く、食事もろくに取れていないのかやせ細っている。
私も彼へと近づき、声を掛ける。
「御仁、大丈夫か?」
「兄ちゃん……見ねぇ顔だな……っと、俺には近づくんじゃねぇ」
そう言う男性はゆっくりと立ち上がり、フラフラとした足取りで私たちが進む方向へと歩き出す。
異常なまでの顔の青白さ。疲れきった顔、重い足取りに、あの病的にまでの痩せ細り。
これは……。
私が顎に手を当てると、ゴホッゴホッと隣から咳き込む声が聞こえる。
リアーナが口元を抑える。
「大丈夫か?」
「ゴホッ……はい。私はまだ……動けますから……」
「病気が流行っているのか?」
「……はい。行きましょう」
口元から手を離し、リアーナは歩き出す。
「今から数ヶ月ほど前だったでしょうか……いきなり見た事も無いような病気が村で流行したんです。原因も分からず……病名すらも……」
「そうか……」
病の流行によって滅ぶ村がある、というのは無くは無い話だ。
しかし、数ヶ月ほど前でこんなにも村から人が居なくなるほどの感染力の強い病があっただろうか。私が考えていると、リアーナは言葉を続ける。
「この村は10年前に村長が変わっていて……思えば、あの時からこの村は大きく変わってしまったんです……。一年に一度の生贄に……力による弾圧と重い税……私たちの生活は苦しくなるばかりで……明日、食べるものも困る始末……」
それを現すようにリアーナのお腹が鳴る。
くぅ、と可愛らしく鳴るお腹の音を聞いて、私は一つ息を吐く。
ひどい話だ。
「君は料理を作っていたが……食べる事は出来なかったのか?」
「私たち、大人の食べ物は殆ど、子供たちに回していますから……ほら、子供が食べられないのは可哀想じゃないですか……」
「そうか……立派なものだ」
なるほど。村が寂れていたのも大人たちがろくに食事を取る事が出来ない事やこの村での病の流行によって働き出を失っているから、か。
だとすると、当主は何が目的なのか、という疑問が生まれる。
そんな事を考えていると、村の大きな広場に到着する。
そこには幕で仕切られた巨大な箱のような建物がいくつも並べられていた。
そう言うなれば、簡易的な隔離病棟のような場所。
私は思わず眉を潜める。
「これは……多いな」
「だって……もう殆どの方が病に罹ってしまって……動けるような状態じゃありませんから」
「……リアーナ」
私とリアーナを呼ぶ男性の声が聞こえた。それは白衣を身に纏う男性。
白衣を纏う男性にリアーナは声を掛ける。
「先生、さっき外に出ていた方が……」
「ああ……先ほど戻ってきたよ。私が見ない間に……ゴホッゴホッ……出ないで欲しいものだ」
先生もまた軽く咳き込む。
疲れか、病の影響か分からないが顔にはひどく疲れが見える。
当たり前だ。私は彼に向けて一つ頭を下げる。
「本当にご苦労様です」
「いや……それよりも、貴方は? 用事が無いのであれば、すぐにこの村を出た方が良い。いつ、貴方も病に罹るか……」
「問題ありません。私は絶対に病には罹りませんから」
私の言葉にリアーナと先生は首を傾げる。
しかし、それどころではない。リアーナのして欲しい事は分かっている。
私はリアーナに声を掛ける。
「リアーナ。ここに居る人たちを診て欲しいんだな」
「え? む、無理なら、い、良いですよ!? ちょ、ちょっと……希望に縋りたくなったっていうか……錬成術ならどうかなって思っただけで……」
自信なさげに言うリアーナ。
それを後押しするように先生もまた苦言を呈する。
「その病は最も医学の進んでいる王国ですら無理だと断じたんだ。緩和は出来ても、治す事は現代の医学では不可能だ」
「不可能……ふふ、私の嫌いな言葉だな」
私は二人に向き直り、言葉を続ける。
「私の得意とする錬成術とは創造の力、万能の力と呼ばれる。そこに不可能という言葉はナンセンスだ。不可能という言葉は人の可能性を狭める事に他ならない」
「その錬成術師にも不可能だと言われたのなら?」
先生の問いかけに私は目を丸くする。
何だ、錬成術師にも頼んだのか。それで否を突きつけられた、か。
私はリアーナを見る。リアーナは藁にも縋る思いというのがその瞳に現れていた。
瞳が揺れ、潤んでいる。
「……であっても、診させてもらう。リアーナは私を頼ったんだ。人の希望に応える事こそが錬成術師の務めだからな。二人はそこで待っていろ」
「……何か不調があればすぐに戻って下さい」
「ま、マスクとかした方が……」
「だから、私は病には罹らないさ」
ずっと病が移ってきた二人からすれば何の防備もなしに入るのは怖いものかもしれないが、病にならないのは事実だ。
私は隔離病棟の幕を開け、中を見る。
所狭しと寝転ぶ患者たち。老若男女問わず、苦しそうに呼吸をし、顔は青白い。
風邪をもっと重度にしたような症状……これは……。
「ステラ……ゴホッ、ゴホッ……あまり、背負い込み、すぎるな……もっと皆を頼れ……」
「頼れって、無茶でしょう? 大丈夫ですから。もう、喋らないで……」
私の居る場所の奥。
そこで寝転がる男性の近くにステラが居た。私は思わず声を掛けてしまう。
「ステラ? 何故、ここに?」
「!? オルタナさん!? 何でここに!?」
ビクっと肩を震わせ、目を見開いて私を見るステラ。
しかし、すぐさまキッと鋭く私を睨み付ける。
「何でここに!? 早く村を出て行って下さいませ!!」
「……そういう訳にもいかない。リアーナと君には恩があるからね。失礼」
私はステラの近くに移動し、隣に腰を落ち着かせる。
目の前に居る男性は黒髪の長髪。40代くらいに見える初老の男性。
ステラは眠る男性の頭を優しく撫でる。
「君の父か?」
「……ええ、そうよ。ネロ=スマラナ。村の村長だった人よ」
ゴホッゴホッと男性は何度か咳き込み、寝苦しそうにしている。
顔色も悪く、今にも死んでしまいそうなほどに衰弱している。
ステラの顔も心配げで、これから先の将来を分かっているようなそんな不安な顔。
私はネロを観察する。
何度診ても同じ。確定しても良いな。これは――『錬魔病』だ。
しかし、錬魔病というのは他の病気とは全く違う。
空気感染や接触感染、飛沫感染するものではなく……もっと別の要因によって引き起こされる。
私は確信を得る。
この村は――何か『大きな闇』がある。
そうでなければ、錬魔病が蔓延する事はないからだ。
原因を知りたい所ではあるが、病を治す事が先決。それにこの病を治すのは簡単だ。
私は右手にカップを作り上げ、その中に『水』を錬成する。それは何処までも透き通り、向こう側まで見えてしまいそうなほどに透明な水。
それをネロの口元にあてがい、飲ませる。
それにステラが目を丸くするが、ゴクゴク、と喉を鳴らし、ネロはその水を飲む。
すると、青白かったはずのネロの顔色がゆっくりと血色を取り戻していく。
苦しそうだった呼吸も整っていき、規則正しい寝息へと変わっていく。
「え……嘘……」
「やはりか。ステラ、安心して良い。これで君のお父さんは一命を取り留めている」
「な、何を飲ませたの?」
目を丸くするステラに私はゆっくりと立ち上がる。
「説明に関しては先生とリアーナの元でしよう。この水を飲ませた人間は数時間後、強烈な空腹感に襲われてしまうからな。生憎……私は料理が不得手だ。リアーナの力が必要になる」
私が去ろうとすると、ステラは声を上げる。
「ね、ねぇ!!」
「ん? どうした?」
「……何で、こんな事したの? 貴方には何も関係ないのに……」
「……ふふ、愚問だな」
私はステラを見つめ、笑みを浮かべる。
「錬成術師とは『世の為、人の為』に錬成術を使うからだ。困っている人、苦しんでいる人が居るのなら、その人間を助ける為、行動するのが錬成術師。そういうものだからな」
「…………そう」
ぎゅっと身を抱くステラ。一瞬だけ顔を俯かせ、すぐさま顔を上げる。
「そう、ありがとう。村の人たちを助けてくれて」
「……気にする事はないさ。ほら、戻ろう。皆に話しをしなければ」
「……そうね」
曖昧に笑うステラ。私は何故か、その笑顔に強い引っ掛かりを覚え、複雑な心持のままその場を後にした。
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