錬成術師のやり直し
YMS.bot
第一章 “信頼”のステラ
第1話 錬成術師の男
口いっぱいに広がる旨味あるスパイスの辛味。
良く煮込まれた野菜の数々にしっかりと火の通された肉にカレールーが絡まる。
私自身の空腹という最上のスパイスと絡み合い、至上の旨さを引き出す。
うん――旨い。
私は丁寧にスプーンでカレーを掬い、口に運ぶ。
「ふふ、いっぱい、食べて下さいね」
「…………」
私の目の前には二人の女性が居た。
まず、厨房で私の様子をニコニコと見守っている女性。
金髪のボブカットにまるまるとした愛らしい顔立ち。年齢通りというべきか、身体がとても小さく、身にはエプロンを纏っているが、可愛らしい子供がおままごとをしているかのような印象を受ける。
しかし、目の前にあるカレーがおままごと等ではない、と痛感させる。
私は一度食べる手を止め、小柄な金髪女性へと視線を向ける。
「実に美味しい……見事な腕前だ。そんなにも小さいのに……」
「はい?」
ヒュン、と風切音が耳を通り過ぎる。
飛んできたのはフォークか? 私が思わず目を丸くすると、小柄な金髪女性は言う。
「小さいとは……何がですか?」
「リアーナに小さいはダメですわよ。禁句中の禁句……自分の体をとても気にしていますから。私よりも年上なのに小さくて」
「ステラちゃん?」
「おほほ……何でもありませんわ」
キラン、とフォークを煌かせるリアーナにステラと呼ばれた女性はほほほ、とお淑やかに笑う。
もう一人の女性の名はステラ。
髪はインテークの入った茶髪。後ろ髪は背中の中腹に届くまで長い。
何よりも目を惹くのはリアーナとは対照的なダイナマイトボディ。それがみすぼらしいワンピースで隠しきれていない。
てっきり私はステラの方が年上だと思ったが……。
まだまだ世の中面白いものに溢れているらしい。
そんな対照的な二人。私はそんな二人を見ながら絶品のカレーを食していると、ステラが口を開く。
「それで? 話を聞いても良いかしら?」
「勿論だ。私の話せる範囲でならばいくらでも」
「貴方はどうして村の前で行き倒れていたのかしら?」
ステラの問いかけに私はスプーンを置く。
そう、私はここ、スマラナ村の入り口で行き倒れていたのだ。
私は顎に手を当てる。ここまでの記憶を遡り、口を開く。
「私は洞窟で目を覚まし……『極天』と呼ばれる場所を目指し歩いていたんだが……その途中で空腹になってしまってな。村の前で倒れてしまった、という事だ」
「旅人、という事でしょうか?」
「そんな感じだと思う。ああ、旅人だな」
旅人。
その言葉に私は若干の違和感を覚えるが、初対面である彼女たちをこれ以上混乱させる訳にもいかない。
とかく、今は話を合わせておこう。
「……ふぅん。まぁ、良いわ」
チラリと壁にかけられている時計を確認するステラ。
すると、ステラはゆっくりと立ち上がり、リアーナへ声を掛ける。
「リアーナ。私はそろそろ行くわ」
「え……もう、行くの?」
何処か不安げな表情で尋ねるリアーナ。ステラは小さく頷き、私を見た。
「貴方、お名前は?」
「私か? 私の名はオルタナだ」
「オルタナさん。そのカレーを食べたらすぐにこの村を離れて下さいな。ここには何もありませんから」
そう冷たく言い放つステラは何も言わずに部屋を出て行く。
そんな背中を見送っていると、リアーナが一つ息を吐く。
「ステラちゃん……ごめんなさい、オルタナさん」
「いや、別に謝る事は無いさ。それよりも、謝らなければならないのは私かもしれない」
「へ?」
カレーを食べてしまった手前、非常に言いにくい事なのだが、私は申し訳ない気持ちを抱えたまま言う。
「カレーをご馳走してもらっていて、今更であるが……私はお金を持っていなくてな」
「へ? お金ですか?」
「ああ。先ほどのステラという女性に助けてもらった手前、言いにくかったのだが……私は今、手持ちが無い……」
「そ、そんなの全然……」
と、リアーナが言いかけた時だった。
くぅ~……っと可愛らしいお腹の音が部屋中にこだまする。
ん? これは私のものではない。すると、リアーナが恥ずかしそうに頬を朱に染め、お腹を抑える。
「あ……あ、アハハ、き、気にしないで下さい!!」
「……お腹を空かせているのか?」
私は思わず目の前にある食べかけのカレーを見つめる。
私がそれに手を伸ばすとリアーナは手をぶんぶん、と振る。
「だ、ダメです!! それはオルタナさんの為に私が作ったんですから!! 私の事なんて気にせず、食べちゃって下さい!!」
「……しかし」
「食べて下さい!! はい!!」
勢いで攻めてくるリアーナ。
お腹を空かせているにも関わらず、行き倒れていた私に食事を?
しかも、私は金を持っていない……。彼女は聖女か何かか?
私はスプーンでカレーを掬い、口に頬張る。
一口、一口、かみ締めるように食べ進め、綺麗に食べきる。ルーの一つも残さずに。
「ご馳走様でした。リアーナ。私の食べてきた中で一番に美味しいカレーであった。本当にありがとう」
「いえいえ。美味しく食べてくれたのなら、嬉しいです」
ニコっと嬉しそうに顔を綻ばせるリアーナ。
何と健気な……。
私は空になった皿を持ち、カウンターにいるリアーナの前に出す。
「リアーナ。先ほども言った通り、今、私には手持ちが無い」
「はい? あ、別に大丈夫ですよ。だって、お腹を空かせていたんですから。食べさせるのは料理人として当たり前の事で……」
「そうか……しかし、それでは私の気持ちが収まらない。何でも良い。創って欲しいものだったり、直して欲しいもの。そういったものはないか?」
私のいきなりの提案にリアーナは目を丸くする。
「え、えっと……」
「こう見えても錬成術には少々覚えがあるんだ。どうだろう? そうだな……カレー自動生成装置とかはどうだろうか?」
「えっと……カレーは手作りするから美味しいので、そういうのはちょっと……あ」
すると、リアーナは何かを思い出したのかカウンターの棚の一番上に置いてあった金色のオルゴールに手を伸ばすが……届かない。
リアーナは不服そうに近くにあった小さな足場を使い、手を伸ばし、金色のオルゴールを手に取る。
「えっと、これなんですけど……直せたりってしませんか?」
「これは……オルゴールだな。かなり年季が入っている……」
「はい。これ、私の宝物で……昔、壊れちゃったんです。それで一度、王国に持っていったんですけど……修理できないって言われちゃって……」
机の上に置いたオルゴールを受け取り、観察する。
なるほどな。私はオルゴールを見つめ、思う。
このオルゴールはかなり古く、これを作った錬成術師は恐らく生きていない。
しかも、それなりの腕利きだったせいで、他者が介入の余地無し、か。
錬成術によって創られたものは基本的にその錬成者にしか直せない。
だが、錬成者との実力差が大きければ、その壁を打ち破れる。
私は小さく頷く。
「簡単だ」
「へ? ほ、本当ですか?」
「ああ。これくらいならば、朝飯前。ちょちょいの、ちょいだ。ほら」
パチリ、と。
小気味の良い音が鳴ると同時にオルゴールが機械仕掛けの音を響かせ、動き出す。
涼やかで力強く、勇ましい音色が部屋中に響き渡る。
音色を聞いたリアーナはうっとりとした表情になり、その音に夢中になる。
「あ……コレです。この音色がすごく綺麗で、久しぶりに聞いたな……」
「懐かしい音色だ。これは……ああ、そうだ。無垢な人々が救いを求める為に神に捧げた歌……」
オルゴールから聞こえる音色に聞き覚えがあった。
まさか、こんな所で聞く事になるとはな。
もう失われた歌だと思っていたが……。すると、リアーナは目を丸くする。
「そんな歌なんですか?」
「ああ。かなり古い歌でな。ある場所で人々が救いを求めて神に捧げて歌ったそうなんだが……意外にも近くに救世主が居たそうでな。ふふ、そういう教訓めいた曲でもあるんだ。
遠き存在よりもより良き隣人が救ってくれる、というな」
「へぇ……不思議な歌なんですね。遠き存在よりもより良き隣人……」
何かかみ締めるように言うリアーナ。
私は懐かしい歌に耳を傾けていると、リアーナが私に向き直る。
「あ、あの、オルタナさん!!」
「? どうした?」
「……一つ、貴方のその錬成術の腕を見込んで頼みたい事があるんですけど、宜しいですか?」
☆
スマラナ村の裏山――スマラナ山山頂。
そこに私は辿り着いていた。
世界を何処までも見渡せそうな青空と地平線。スマラナ村の全容を見る事が出来るこの場所にポツン、と置かれている玉座が一つ。
私はその前に膝を折る。
ドクン、ドクンと脈打つようにさっきまで無かった私の『首輪』が明滅する。
「今日も時間通りだな、ステラ」
「イリュテム様……」
ドカリ、と玉座に座る黒髪黒目の男。身に黒ローブを纏うその男の名はイリュテム。
私が今――最も殺したい人。
イリュテムは跪く私を見つめ、鼻で笑う。
「さて、今日の話だが……村の状況について聞かせてもらおうか」
「……変わりはありません。ただ……また一人……病で亡くなりました」
「そうか……それは残念だったな」
全く残念という気持ちの伝わってこない、それどころかざまあみろ、と言わんばかりの嘲笑が聞こえてくるが、私はぎゅっと拳を握り締め、堪える。
こうなってしまったのは、私の責任だ。
私がこの男を呼び寄せてしまったから。全部私が……。
「最近は毎日のように亡くなるな……これは本当に村が無くなるんじゃないか? まぁ、そうなれば私はそのまま何処かへ行くだけだが……」
「……っ!?」
思わず、私がイリュテムを睨み付けると、彼もまた私を見下ろすように睨む。
「何だ? その目は? 自分の立場が分からない程愚かではないだろう? ステラ」
「…………」
「そうだ。それで良い。弱者は強者に媚びへつらっていればいいのさ」
私が頭を下げると、満足したように言う。
それから彼は口を開く。
「ああ、そうだ。今年の生贄だが……決めたぞ」
「誰……ですか?」
「リアーナ」
「なっ……」
リアーナが……生贄?
何を言ってるの? 私が顔を上げると、イリュテムは額に手を当て、笑う。
「ハハハハハッ!! お前の親友だったな。だが……彼女からはそれなりの生命力を感じる。生贄にはピッタリさ。しかし……ふむ、そうだな。一つ、面倒事が起きようとしているのも事実だ」
「面倒事、ですか?」
「ああ。この男に見覚えはないか?」
そう言いながら、私は一枚の紙を受け取り、目を丸くする。
見覚えのある顔だった。
整えられた白髪のローポニーテール。顔立ちは若く、優しげ。その中でも一番に目を惹くのは透き通る程に綺麗な空色の瞳。
間違いない。これは――オルタナさん?
「私の知り合いがそいつの首を欲しがっていてね。この村に居るんだろう?」
「……殺せ、という事ですか?」
「ああ。そいつを殺せば、リアーナは見逃してやろう。どうだ? 簡単だろう?」
殺す。オルタナさんを?
でも、殺しは……。私が歯噛みしていると、イリュテムは私を睨み付ける。
「であれば、村とリアーナを犠牲にするか? 別に構わないぞ。今すぐに、こんな辺鄙な村を潰す事なんて……」
「っ……」
「全て、お前が悪いんだろう? お前が、私を呼び出したからッ!! 身の丈にも合わず、力を求めたから……全て、お前が――」
「分かったわ」
私はぎゅっとオルタナさんが写った写真を握り締める。
「殺すわ。この男を」
「それで良い。では、報告を待っている。任せたぞ、ステラ」
「はい……」
私がそう言うと、影のようにイリュテムは消え去る。
私はグシャリと写真を握り締める。
「クソ……クソ……クッソッ!!!!」
私は額に手を当て、悪態を吐く。
何も変わらないけれど、私はそう叫ばずにはいられなかった。
それから私は村へを足を進める。
そう、これは全部、私のせい。
私への罰。力を欲した私への。私はぎゅっと力強く拳を握り締める。
皆、ごめんなさい。
私は何度目か分からない謝罪の言葉を口にし、山を下りた。
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