第5話 司書たち
エヴァが部屋を出て行った直後だった。
コンコン。
ドアがノックされる。それは予想外に早く、ホタルが自分の状況についてちゃんと飲み込む暇すらなかった。
ホタルが返事をしないでいると、エヴァと同じ程度の身長の長髪の男が部屋に入ってくる。
「目、覚めたって?」
そう聞いてくる声の響きはどこか軽かった。
ホタルはベッドに座ったまま、彼をじっと観察する。
抵抗する気はもうほとんどない。体が本調子でないうえ、図書館についてよく知らないので逃げ出すのが難しいからだ。
また、先ほどのエヴァの態度からも分かったが、自分を買い取った人たちはひとまず危害を加えてこないだろうと判断した。
男もホタルを見返してくる。
黒い上品なデザインの服を着ているが、どこかいかつい雰囲気を持つ男だった。
浅黒い肌で、がっしりした体型をしており、癖のある長い黒髪は肩下あたりまで伸ばされてうねっている。そして何よりも目に留まるのは、その透き通るように美しいスカイブルーの瞳と、頬に彫られているばつ印の入れ墨だった。
「俺はここの司書をしているギルティという。よろしくな、
ホタルは黙ったまま、頭を下げる。
この男、「
ギルティが右手を差し出してくる。
ホタルは少し迷ったものの、黙って手を伸ばした。自分の手を握ってきたその手も、がっしりと骨ばっている。
ホタルがそのまま顔を上げると彼と目が合った。本当に綺麗な目だな、とホタルはまた思う。
「よろしくな」
ギルティがにかっと笑った。
目が細められ、口からは尖った犬歯が覗く。その姿はどこか尻尾を振る犬に似ていた。急に威圧感が薄れ、ホタルは少し拍子抜けする。
どうやら見た目に反して人懐こい性格らしい。
コンコンコンコンコンコンコン。
突然の音に、ホタルは一瞬体をこわばらせる。ドアがすごい勢いでノックされていた。
ギルティはホタルと握手していた手を離し、「ああー、驚かせてすまんな」と言って頭をかいた。
「おいお前ら!びびらせんなよ!」
と、ドアに向かって声を投げる。
「ねえ、入っていー?」
「入っていー?」
ドアの向こうから、女の子のはしゃぐような声が聞こえた。おそらく複数人いるだろう。
もしかして司書だろうか、とホタルは思う。司書の中に子どもがいるとは思わなかった。
「もう入っていいぞー!」
ギルティが怒鳴る。口調は荒いがその声色は優しかった。
「でも怪我人がいるからあんまり暴れんなよ!」
「「「いいの?」」」
楽しげな声とともにドアが無造作にがちゃんと開いた。
黒いワンピースを着た少女が3人、にこにこと笑みを浮かべ、ぞろぞろと連なって入ってくる。
ホタルが彼女たちを見て目を瞬いたのは、3人が
3人の手足の動きは違和感を感じるほどにぴったりと揃っていて、ホタルの脇腹あたりまである身長や、肩上で切り揃えられた髪の長さも全て一緒だ。
「びっくりしたろ。こいつらは」
と言いかけたギルティの言葉を遮って、先頭の少女が鈴の鳴るような声で「はい!」と言いながら手を挙げる。
「クロです!」
次の1人が手を挙げる。
「クロクロです!」
一番最後の1人が手を挙げる。
「マックロです!」
3人一緒に頭を下げた。
「「「よろしくね!」」」
ホタルはどうすればいいか分からず、ひとまず彼女たちの真似をして頭を下げる。クロ、クロクロ、マックロ……これが彼女たちの名前ということだろうか。
「全く」
ギルティが呆れたように息を吐いた。
「改めて紹介するよ、
「司書、なんだ」
「見た目は子供かもしれないが仕事は大人並みにできる。こいつらは「
「レプリカ?」
「そう!レプリカ!」
「レプリカなんだ!」
「レ、プ、リ、カ!」
3人が騒ぎ始めたので、「だーっ、うるさい」とギルティが黙らせる。
「
「……はい」
ホタルは頷いた。多少は知っている。
「簡単に言えば、人形を作って魔力を込めるとこういうふうになるんだ。よっぽど魔力が強くないとこう人間らしくはならないが、こいつらは館長が作った
ふいにふわり、といい香りがした。
ホタルとギルティは同時に
先頭のクロが皿を両手で持っていた。いい匂いはそこから漂ってきている。
いつの間に持ってきたのだろう。気配に敏感なはずのホタルだが、全く気づかなかった。
「ごはんが先じゃない?ギルティ」
「ルシフェルはお腹空いてるんだよ」
「それでも医者かあ?」
ホタルは
医者?館長が言っていた「医学に精通している司書」とはギルティのことだったのか。
それにしても、ホタルはお腹をさする。確かにあの館長の話だと自分は数日間何も食べていないことになる。状況が読み込むのに必死だったのでうっかり空腹を忘れていた。軍ではお腹を鳴らそうものなら暴力を受けるため、自分で気づかないとどうしてもそうなってしまう。
「全くもう!」
「全くもう!」
「クロ、食べさせてやってくれ」
「はあい」
呼ばれたクロが皿を持ち、のっているものを溢さないよう慎重に歩いてくる。
クロクロか、マックロか見分けがつかないが、もう1人が椅子を運んできたので、クロがその上で立ち膝になった。さらにもう1人がスプーンを持ってきてクロに手渡す。
クロは料理をひと匙掬ってホタルに差し出した。
「はい、あーん」
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