第4話 国立図書館にて

 城の外。

 

 兵士以外は、この言葉の重大性を知らないのだろう。

  兵士は基本的に一生、城を囲う城壁の中に閉じ込められている。城内にある狭い兵舎で寝泊まりし、そこにある訓練場で訓練を積むのだ。朝から夜まで続く厳しい訓練、横行する上官や仲間内での暴力・暴言に音をあげたとて、そこから出ることは許されない。


 兵士が城壁の外に出られるのは、3つの場合のみ。


 1つ目、戦の遠征。

 ホタルも戦のたびにこれに参加していることにはなるが、隊列を組んで行動するため自由はほぼないに等しい。城内にいるのと自然環境以外は変わらない。


 2つ目、退役。

 退役の基準は定かではない。年齢であるとも、敵兵を殺した人数であるとも、どれだけ昇進したかであるとも言われる。敵兵を殺した人数であるならば、ホタルはとうに退役しているのでこれは間違っているといえよう。なんにしろ、退役を言い渡されるまでの戦いで生き残り続けること、それが条件である。

 そのため国に数人しかいない退役軍人は類稀なる殺人の才能を持っているという。


 3つ目、脱走。

 今までかつてこれを試みて命を落とさなかった人間はいない。

まず高い城壁を越える、もしくは門に配置された見張りの兵の目をかいくぐるのは並大抵のことではない。仮にそれに成功したとしても、脱走兵はすぐに国中に指名手配され、見せしめに処罰される。それは生半可なものではない。死罪である。

 

 結果、このような兵士への酷い待遇に国民からの不満が続出し、ホタルの生まれる以前に徴兵制は廃止された。

 代わりに現在兵士として従事しているのが......国軍に高値で売られた貧しい家の子供達だ。無論ホタルもそのうちの1人だった。

 

 ホタルが急に固まってしまったので、エヴァは少々面食らったようだった。

 少し考えたのち、控えめに口を開く。

 「その、混乱させているところ悪いが、私からお前に一つ伝えなければならないことがあってな」

 「……」

 ホタルはまた、頷いた。


 これ以上、何があるというのだろう。


 「お前のことだが、私が国軍から買い取らせてもらったんだ」

 「買い取った……」

 

 兵士を買い取るという例をホタルは今までに聞いたためしがない。


 おまけに兵士を買い取ることでのメリットも感じられない。単に腕が立つ者が欲しいなら、死にかけの兵を拾うよりもっと他にあるはずだ。国軍の兵士を買い取るなんて真似をしたら、国に目をつけられてしまうのではないか。


 「なんの、ために」

 「司書として雇うためだ」

 「ししょ?」 

 エヴァは薄く笑った。

 「司書。図書館で働く人間のことだな。つまり、お前にはこの図書館で働いてもらう」   


 図書館で、働く。


 「……次の戦、は」

 「ああ。もう出なくていい」


 戦に、出なくていい......?

 ホタルは再び、頭を金槌で殴られたかのような衝撃を受けた。

 それは人生において初めて言われた言葉だった。

 ホタルがこれまでに戦に出なかった時は重傷を負って意識を失っている時や、どうしても体が動かない時のみである。

 体が動くのに戦に出なくていいなんて。


 突然、はっとエヴァが時計を見る。

 「しまった、時間だ……では私はそろそろ行く。申し訳ないが仕事が立て込んでいてな」

 ホタルの混乱をよそに、そう言って立ち上がった。


 だがホタルはまだ考え込んでいた。

 ここが図書館で、エヴァは館長。自分は買い取られて、これからここで雇われる。

 理解はできるはずなのに、現実味がない。

 可能ならばもう少し詳しく説明がほしかった。


 しかしエヴァは慌てたように椅子を元の位置に戻した。

 「それから堕天使ルシフェル。お前は酷い怪我をしている。医学に精通している司書が1人いたので治療させたが、その、右目は」

 「……」

 「視力が戻らないかもしれない」


 ホタルは自分の右顔面を覆う包帯に触れた。

 「はい」

 「落ち着いているんだな」

 ホタルは無言で頷く。

 確かに右目の視力が戻らないのは困るが、むしろ今までよく顔が無事だったな、というくらいの思いだった。


 「悪いが体は汚れが酷かったので軽く拭かせてもらった。もちろん女の司書がしたから安心してくれ。それと、体が回復するまでこの部屋は貸す。少し大人しくしていろ」

 エヴァはホタルを見て、少し苦しそうな顔をしてそう言った。

 「彼らにはお前の意識が戻ったと伝えておく。もうじき部屋に来るだろう。食事も運ばせる」

 そのままホタルに背を向け、ドアまで歩いていく。


 「あ、の」

 ホタルが呼び止めると、エヴァが振り返った。 

 「なんだ?」

 自分に向けられているその凛とした眼差しに、ホタルはより一層既視感を覚える。

 「私は昔、どこかであなたを見た」

 ホタルはエヴァにそう言ってみた。


 エヴァは一瞬動きを止めたが、しかしすぐに低く笑った。

 「見間違えだと思うがな。私はこれでも王の次に身分が高い。下級兵ごときが会えるものではないだろう」

 館長が、王の次に高い身分を持つだなんて。この国にとって国立図書館はどれほどに特別な存在なのだろうか、とホタルは思った。

 「ならば、勘違い」

 「その可能性が高いだろうな」


 エヴァは右手を軽く上げた。

 「また後ほど。本当に申し訳ない。時間ができたら色々と話させてもらおう」

 そして部屋を出ていってしまった。

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