第2話 レッドアースの戦
一瞬だった。
倒れていた
強く握っているせいで剣の先はその手のひらにのめり込み、貫通しかけていた。
彼女は拳で自分を殺そうとした敵兵の顔面を殴りつけた。ガッという鈍い音と共に彼の体が跳ね飛び、それに巻き込まれて数人が尻餅をつく。
彼女が仰向けの状態のまま、手のひらに刺さった剣を力まかせに引き抜いた。手からぼたぼたと大量の血が滴り落ちる。
自分たちの優位を疑わなかった兵たちが怯んだ一瞬、彼女は素早く体制を立て直し、無防備な状態になった数人の兵の喉元をほぼ同時に切り裂いた。
「ぎ、ぎゃああああっ」
断末魔の悲鳴が上がる。
「ひ、ひいいいいいい」
「化け物っ......」
命拾いした数人が青ざめ、一目散に走って逃げていった。
彼女は膝についた汚れを払って立ち上がり、頬を拭う。口の中が切れたのか血の味がするが、幸い鼻の骨は折れていないようだ。
傷を負っていない方の手で背中に触れてみる。手のひらにべっとりと鮮血がついた。だがそれでもそれほど深い傷ではない。その証拠に、まだ動いていられるようだ。
彼女の周囲には既に"生きている”人がいない。周りを見渡すと、そう遠くないところで自軍の数人が苦戦していた。
彼女はそちらに向かって走り出す。
疲労、負傷、関係ない。敵がいれば倒す。自分がこの後、罰を受けないために。
そのままの勢いで敵兵に飛びかかる。彼女を見ると、自軍の兵士たちは逃げ出した。
馬鹿だな、と彼女は思う。
また武器を奪って目の前の人を片っ端から倒していった。敵軍に関しては逃げる者、立ち向かうが数秒で命を落とす者様々だ。
ああ、馬鹿だ。彼女はため息をつく。
殺して殺して殺して殺して。
武器を振い続ける。命を奪い続ける。もう無駄なことは何も考えない。ただ、殺す。周りの立っている人全員、ただの肉塊と成り果てるまで......。
「一時撤退ー!」
その声にはっと気づくと、黄昏の国軍の深青色のマントの兵士たちが撤退していくところだった。彼らのモチーフである黒い蜘蛛が描かれた旗が風に翻り、見る間に遠ざかっていく。
もう既に周りは静かになっていた。
足元には兵士たちの死体の山ができている。もう人間だった原型をとどめていないものも多かった。あたりは血の海で、彼女も自らの血と返り血で真っ赤に染まっていた。
「赤い.......」
彼女はその中でただ1人立ち尽くしていた。
「.....また、死ねなかった」
ひとりごちる。
ひとつの死体の顔を覗き込んだが、もう、そのビーズのように真っ黒な瞳に世界は映っていなかった。
彼女は死体の山から離れ、祈るように手を合わせる。これは彼女の癖だ。
剣を再び拭って腰に収める。
被っていたマントのフードを外すと、整った美しい顔と、白髪の混じった流れるようなショートボブの黒髪が露わになった。
とうの昔に光を失った嵐のような灰色の瞳は猫を彷彿とさせるが、不気味なほど大きく見開かれて長い睫毛に縁取られている。人間離れした真っ白な肌には血痕が点々と飛び散っていた。
その正体は、「ホタル」という名を持つ、齢僅か15の少女であった。
「女!早く来い!」
自軍の方向から上官の怒鳴り声が聞こえ、ホタルは慌てて踵を返して走り出す。
ふと、その耳に聞いたことのない音が届いた。
ひゅるるるるるるる。
何事かと振り返った、その瞬間だった。
ズドン。
鈍い音。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。
右顔面に激しい衝撃が走り、皮膚と肉、金属片がその場にぱっと飛び散る。ホタルは遅れて地面に崩れ落ちた。
(これ、は.....)
熱い。ただ、熱い。
自分の顔が焼け焦げる匂いが鼻を掠めた直後、彼女は気を失った。
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