第1話 レッドアースの戦
「で、ででで出たあっ!
絶望の声が敵国軍の方向からたち上がった。
季節は冬だというのに、強い日光が兵士たちの肌を焼いている。この地方は年間を通して気温が高い。
黄昏の国南部に加え、曙の国中部にも僅かに位置する赤い荒野、レッドアース。その国境付近では二国の軍が今まさに対峙していた。
曙の国国軍の前列中央にいる、一際小柄な兵士。この戦場で唯一の女。
それがその
彼女はマントのフードを目深く被り、相手軍を眺める。こちらに比べるとかなり人数が多い。
軽く眺めるだけでおおよそのものの数が分かる、それはその特異な武力を除けば彼女の特別な能力であった。
ガッ。
ふいに、彼女の右肩に衝撃が走る。後ろを見ると、馬に乗った上官だった。
「ぼさっとするんじゃない!」
「……はい」
完全な八つ当たりだ。おおかた、戦の前で気が立っているのだろう。
上官は彼女をひとにらみして後列へ戻っていった。
こんなことをして、戦えなくなったらどうするつもりだろうか。
彼女は顔色を変えないまま殴られた肩を手のひらでさすり、小さくため息をついた。
両軍から角笛が鳴り響き、一瞬で場の空気が緊張をはらむ。
戦が始まるのだ。
「突撃ー!!」
最初に指示が下ったのは、曙の国の方だった。歩兵たちが一斉に走り出す。
彼女も例外ではなかった。どれだけ戦績を上げても、女が騎兵や上官になることはない。故に彼女はずっと歩兵だ。
国軍の真っ黒なマントを翻しながら走りだす。
靴が支給されず裸足のままなので足の裏がひどく暑い。
黄昏の国軍も同時に迫ってきており、両軍の距離が詰まっていく。
彼女はそのまま先陣を切ってその中に飛び込んだ。慣れているからか、怯むこともない。
太陽を背景にし、彼女の鋭い眼光が鋭く光る。その剣の刃先が躊躇いなく敵兵に襲いかかった。
「ル、
相手の言葉を聞き終える前に間髪入れずに周囲の数人を切り裂く。中には防具をつけているものもいたが、流れるような動きで急所を狙った。血が静かに飛び散り、光を浴びて輝く。
どさり。複数の肉塊が一瞬にして地面に転がる。
「な......」
周りが動けなくなった一瞬をつき、彼女はマントで剣を拭った。
血肉に塗れて剣の切れ味が下がると困る。いや質の悪い剣なので大して変わらないのか。
「き、貴様ああああ!」
1人の上官の叫びで黄昏の国軍の兵士たちが一斉に我に帰り、集中攻撃を仕掛けてくる。
右の騎兵をかわし、正面の軽装備の歩兵には蹴りを入れて武器を跳ね飛ばす。左は攻撃を躊躇っており、背後からも殺気。
素早く正面の喉笛を切り裂き、とどめを指す。
後ろから音がしたので姿勢を低くする。直前に左にとどめ。左斜め前からももう1人か。背後から飛んできた矢が風を切り裂き、鋭く頬を掠めた。
ゆっくりと振り返ると、馬に跨り弓矢を構えた兵士が震えている。
次の弓をすでにつがえているが、その目の中には恐怖が映っていた。
彼女はそちらに向かって一直線に走る。矢が次々飛んでくるが、彼女には当たらない。
3、2、1。地面を蹴って飛び上がり、また、とどめ。
ついでに追い縋ってきた数人も拳で叩いて地面になぎたおす。
奥からも来た。左、右奥、また後ろ。
剣で喉笛を切り裂く。矢を握って目を潰す。武器を奪う。蹴って殴って気絶させる。
躊躇いはない。なるべく一息で片付ける。
上、背後、下、右、左、右上。
殺して殺して殺して殺して。
息が切れる。
殺して殺して殺して殺して。
だんだん動きが鈍くなってくる。前の戦や上官の暴力でできた傷痕が熱い。
目の前の景色が真っ赤に染まり、気を抜くと意識が飛びそうだ。だというのに体だけは操られたかのように動き続ける。
殺して殺して殺して殺して。
そのとき突然、背中に悪寒が走った。振り向くもそれは一足遅く、剣の鋭い切先が彼女の背中を強く掠める。
殺意のこもった敵兵の目が見えた。
すぐに理解する。どうやら剣で切りつけられたらしい。
完全に油断していた。
気配を消していたか。かなりの手練れのようだ。
ドカ。
動きが止まったその一瞬で、もう1人の兵から左頬に打撃を浴びた。彼女は背中を強かに打ち付け、ごつごつした岩だらけの赤い地面に倒れ込む。
複数の兵が一斉に走ってきて彼女を取り囲んだ。
「早くとどめを刺せ!」
「
周りが煩い。
1人が彼女に容赦なく飛びかかり、剣の切先を喉に押し当ててきた。
「死ね!」
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