たけーよ物価
学校からの帰り道。男子高校生が2人、いつもの雑談。
「あのさー」
「んー?」
「最近物価高くね」
「あーそうだな」
剛が聞いて勤が答える。今日はそうゆう日。
「この前ジハンキ行ったら1本180円とかすんだよ」
「ほぼラウワンのジハンキと一緒の値段じゃん」
「そう、そういや最近行ってないなラウワン」
「おれも、今度みんなで行こうや」
「おーいいなそれ」
学校から家までお互い徒歩15分ほどかかる。
真剣な話をするには短く、黙って歩き続けるには退屈な距離だ。
「まあラウワンはいいとしてよ。最近はジハンキ以外も色々値上がりしちゃってさ。高校生ながら不景気感じるわ」
勤は携帯を触りながら話を聞いていた。何かを検索しているようだ。
勤の左手と剛の両手は学ランのポケットに入り込んでいる。
剛の両手はギュッと握りしめられておりそれでもなお指の芯はジンジンと冷えきっていた。
今日に限らずここ最近はずっと冷え込んでいる。
それでも2人が手袋をしないのは男だからか現代人だからか。
勤の左手はポケットの中でカイロを握りしめていた。
「スーパーとかも相当値上がりしてるんだって。」
「やばいよなそれも」
「母ちゃんが言ってたけどいまはもうキャベツが☓☓☓円、牛乳が〇〇〇円、米なんて▲▲▲▲円するって」
「へー」
「俺たちが大人になる頃にはどうなってんだろうな」
「それな」
携帯に気を取られて勤の返事がどんどん雑になっていく。
「なあ話聞いてる?」
視線すら向けない勤に我慢が出来ず思わず問いかける。
話をちゃんと聞いてなかった勤はどう言い訳しようかと少し考えた後に
「いや聞いてねーよ」
と正直に答えてしまった。勤は携帯からの目を離し剛へと目を向ける。
一瞬二人の間に沈黙が流れる。勉の言動は開き直りともとれるもので、一連の会話を第三者が見ていたら今の沈黙は一触即発の前触れに見えるだろう。
「聞いてなかった?」
剛が口を開く。
一触即発じゃ…、通りすがりの老人が興味津々に見つめている。
「じゃあしょうがねーか」
剛は笑って答えた。
二人にとって相手の話を聞いてないなんてことはよくあることで、雑な返事からの話聞いてる?は一つのノリと化していた。
「いやてかこれ見て、ボウリングの料金もあがってんだけど」
勤は携帯を剛へと向ける。どうやらラウワンのボウリングの利用料金についてネットで調べていたようだ。
「キャベツとか米とかはどうでもいいけど、これはさすがに物価の上昇感じるわ」
「だろ!景気の悪さ感じちゃうだろ」
「うんやばいわ」
老人は既に二人の近くを離れていた。この老人が若い頃暴走族の総長をしており、会社を定年退職したいま若者のケンカをみることを人生の楽しみの一つとしていることはまだ2人は知らない。
2人が学校を出てから10分ほどが経った。そろそろお互いの家が見えてくる。
「そういやさっきのスーパーの話、なんで値段のとこをまるまるまるとかばつばつばつとか変な言い方したんだ。」
「あ、あれそうゆうふうに聞こえてたの」
「うんそう書いてあったし」
「あ、書いてるとか言っちゃうの」
「うん」
勤はひるまない、何も気にしていないようだ。
「それで、なんでなの?」
「それはな」
剛は頭の中を整理し観念したように口を開く。
「この話の作者も普段スーパーとか行かない学生さんだからだよ。」
勤は一瞬ひるんだ、それでも何かを気にする様子はない。
「あ、この話の作者とか言っちゃうんだ」
「うん…」
「そっか…」
二人の間に沈黙が流れる。
お互いの表情から感情が完全に消え、ただ歩くだけの機械となっていた。
それ以降会話はなく気がつくと剛の家に到着していた。
「それじゃ帰るわ。また明日」
「ああじゃあな」
剛は家の鍵を開けるとドアノブに手をかける。ドアノブと同じほどに冷えた手は、もはやそれを冷たいとは感じさせなかった。
勤は歩き出し家へと向かう。さっきまでと変わらず頭の中は空っぽだった。
「なあ」
空っぽの頭の中に突然剛の言葉が入り込んできて、思わず足を止める。後ろを振り返ると剛はまだドアノブに手をかけたまま外に突っ立っていた。
なんだとは尋ねなかった。剛の言葉をただ静かに待つ。
剛は何か言いづらそうに視線をそらしていたが、やがて健の目をまっすぐ見つめて
「ラウワンやっぱりやめない?」
と言った。これに対して、
「じゃあさ今日の夜あいつらとゲームでもしようや、グル通開いてさ」
健はなんでとも分かったとも言わずそう答えた。
「そうだな!おれグループでみんなに出来るか聞いてみるわ」
剛はドアノブから手を離すと健のもとへと駆け寄った。
弾むような声で剛が続ける。
「そもそもラウワンでボウリングなんてやり飽きたしわざわざ電車乗ってそこまで行くのもだるいしな」
「それに何よりさ、やっぱり今の世の中のさ…」
「ああ最近の世の中のな…」
「「物価って高いもんな!」」
2つの声はやがて大きな笑い声へと変わる。
そのうちの一つの声は、やがて一軒家の中へと消えていった。
もう一つの声はその後もしばらくその場で響いており、ようやく止んだとき健は自分の家へ向かって歩き始めた。
もうカイロは握っていない。
既に体はどうしようもないほどに暖まっていた。
少し歩くと健はすぐ自分の家へと着いた。
左手をポケットから出して鍵を開け扉を開く。ドアノブの冷たさはもはや感じなかった。
リビングに入るとキッチンにいる母親が夕食を作っていた。キッチンの周りにはスーパーの袋がいくつか置いてあり中には日用品の洗剤やシャンプーの詰め替え用が入っていた。
「ただいま」
母親の顔を見ると少し怒っているようだった。
「おかえりなさい。あんたなにあんだけ声あげて笑ってたの。家の中からも聞こえたんだから」
まさか家の中まで聞こえていたとは。
「あー剛とちょっと話してて」
「知ってる。剛くんの声もしてた」
「そんでさそのことで聞きたいことがあるんだけど」
「なに、話の内容までは聞こえてなかったわよ」
「あのさ最近の物価って高いの?母さんからしても」
まだ自分は子供で、でもそんな子供ですら感じてるんだ。大人はもっと色々あるだろう。剛からスーパーの話を聞いたときからそう思っていた。
「なにそれ学校の宿題かなんか?」
「いや全然、ただの興味」
「変なの。そう最近の物価ねー」
母親は包丁を置いて考え始めた。
そこまでして考えなくてもよかったのにと思いつつ、さっき剛にしたように黙って待つ。
「私から言えることがあるとしたらね」
「うん」
「それはね」
「うん!」
「最近の物価は☓☓▲〇ってことぐらいかしらね」
「………、」
そうだ、
この話の作者
まだ学生なんだった。
長い沈黙の後に、健はようやく口を開いた。
「ばつばつさんかくまるって、なに?」
「私」は答える
「さぁ、知らね」
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