第35話 擬似餌が喰らう

 茉莉花とファティマの間合いは互いを九死の際へと囲い込む。

ファティマの剣技ともいえる御業は一度、みまえて知っている茉莉花であったが新装されたモノは不確かさの塊でしかない。早めに誘って妙技の程を見定めておくことが得策だろう。


 茉莉花がファティマの手首を取るまであと1歩半。だがここは既にファティマのテリトリー、目に見える罠でしかない蜘蛛の巣。そこに足を踏み入れたその瞬間、待ち構えるようにかぎ爪を模したかのような刃で収斂の薄い足元を斬りつける。


素早く足を引いて躱すとファティマがもう一方の手で茉莉花を指差す。


その指先から刃による刺突が、伸延の先の茉莉花の喉を貫かんと迫りくる。熾火を纏った手で刃先を削り取ると今度は蹴りを繰り出してきた。予期していた通り、ファティマのつま先から刃が飛び出してその射程距離を伸ばす。



 見てからでも躱せる、しかし ────

 足もとを斬ってきたところみると噛ませ犬でもなさそうだ

 ならば黒炎を喰わせてやるだけ



 ファティマは自分の攻撃だけが有効な距離を保ってジリジリと詰め寄る。その様は罠に絡めとったのをじっと待っていられない飢えた蜘蛛そのもの。

このまま長引かせるのは手詰まりも同然、しかもヤマアラシのように刃を無数に突き立てられると削り切れない上、こちらのダメージが嵩むだろうと茉莉花も判断していた。


 ADAPT のリミットまで残り7分

 ──── 何がいるんだ?

 餓えているんだろ、ファティマ

 飛びかからせてやる


 茉莉花は帯に挿した懐剣かいけんを取り出した。懐剣といっても人差し指程度しかない刀身は、お飾りに等しい小道具である。それを右手に握り込んでファティマを見据えた。


リネンが創ったセラフィム擬きなら、こうなった時のパターンも高確率で折り込み済みなのだろう。もし、そうだとしても餌を撒かなければ喰らいついてもこない。


「それが奥の手か? 」

ファティマはそう口にしつつも “懐剣を投げつけて熾火で焼尽させる、刃で斬り落とそうとする、溶けた刀身部分は切れず、ダメージを受ける” そう筋立てていた。効果的に視界を奪うため、顔を狙ってくる事もお見通しだ。


「だがなカラム=シェリム、とどかなければ意味はない」


 ファティマの衣服が破れ全身に施された無数の刻印から刃が飛び出して文字通りヤマアラシのようだ。その刻印の数たるや最早祝福などではなく法典を背負わされた悲しき傀儡でしかない。武功にのみ価値を見出した姿、話し合って折り合わない容を成している。



 針山からファティマの目がみえ、金属が擦れるようなギシャギシャとした音がチャペルに重奏を響かせる。一刀一刀をその意志で動かせているようだが数が多過ぎてコマ落ちでもしているかの様なぎこちなさ。精細さとしなやかさを欠いていることこの上ない、はセラフィムとしての秀麗さを欠く異形。


 焦れてないで、もう少し近づいてこい

 目を見せろ、わたしを観ろ

 餌がお前に喰らいつく



 茉莉花はここぞという距離まで引きつけると、ファティマが刃の隙間から覗かせる目を狙って懐剣を投げたと同時に幻黒燈火で焼尽させた。


「その程度かカラム=シェリム、その首はもらったっ‼︎ 」


 茉莉花の懐剣などファティマからすれば毛虫の針ほどの刃渡り、しかも予め筋立てていた台本通りの挙動に欣喜雀躍きんきじゃくやくして勇み、喰らいつく。

懐剣が茉莉花の手から離れるのを確認すると無数の刃で完全に顔を覆って防御し突進した ──── はず、だった。


右足が中指から裂けて切れ飛んでいる?


足を半分失って踏ん張れずに右手を地面に着く、と同時に右手も肘先から疾風怒濤の発火をみせ焼失してしまいファティマは受け身も取れず顔面から地に着いた。


 流石に擬きとはいえ元はセラフィム。すぐさま残った左手と身体から出る刃を地面に突き立てて体制を押し戻すと距離を取った。


踏み込んだ先に目をやり、ファティマは何が起こったのかを理解した。つかが焼けて無くなっている懐剣が刃を上にして床に突き立っている。


「…… 投げたのは鞘だったか⁉︎ 」


 はじめに焼尽させた鞘を目に向かって投げつけて防御させて視界を封じさせた。その後、剣を投げると同時に柄の部分を焼尽させて足元に突き立てた。しかも踏み込む足元に刃を上にして


 ──── だと まぐれ ……


いや、カラム=シェリム 奴の動じぬあの顔は狙い通りという顔だ

「貴様、貴様 ──── 貴様っ 」


ファティマは失った右手、右足を刃を束ねて代用し体裁を保とうとしている、それはリネンと同じ異形の姿に他ならない。



つづく

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