第34話 共存の自由
エレベーターのインジケーターが【1】を点灯させて扉を開いた。
ロビーの前を通り過ぎて歩道に踏み出して数歩、男は振り返って空を見上げた。
「おい、スズメ。あの二人ってさ、」
「誰がスズメだッ‼︎ もっかいループするか? テメェー」
「何で喋れるのか分かんねーんだけどさ、茉莉花ちゃんのペット? どこに住んでんの?」
「店に着いたら指紋がなくなるまでテーブル磨かせてやるぜ」
暁 一条は店がある繁華街に向けて歩きはじめた。
「どう見ても天使とかだよな」クダチの方を見て暁 一条は言う。
「お前らが思ってる者とは違うから気にすんな」
明らかにクダチが喋れることについてナチュラルに度外視できるこの男の神経は流石と言えよう。歩きはじめてすぐ立ち止まると自販機に紙幣を入れてクダチに目線をやった。
「スズメは何飲む? 《森の湧き水》でいいか?」飲料水を指さした。
コーヒーのボタンを押した後、他のモノが良いのかとクダチを振り返った。
「オレは “クダチ” だ。天からの贈り物だ取っとけ」
──── ゴトッ (コーヒーの缶が受け口に落ちた音)
「スズメは何飲む? 《森の湧き水》でいいか?」飲料水を指さした。
「オレは “クダチ” だ。気持ちだけ貰っとくよ」
暁 一条がコーヒーを取ろうと受け口に手を入れると2本出てきていた。
「今日もツイてんな俺」と、釣り銭が幾らだったのかも気にもせずコイン入れに仕舞うと、コーヒーを飲もうとしゃがみ込んだ。
「急いでるから店で飲めよ?」
「2本、今飲まねーよ、クダチくん」
一本を上着のポケットに入れるともう一本の蓋を開けて一息つきはじめる。
クダチとしては、ここでループ&放置にしてダンス教室へ向かいたいところだった。しかし何かの際にループを解除すれば下に降りてきた茉莉花を見つけてしまう可能性がある。店、若しくはもう少し先でループさせなければと考えていた。ただこの男、暁 一条はここで時間を潰そうだなんて思ってもいない。ただ単に自分の時間軸を過ごしているにすぎない。
同じ場所にいても置かれている状況や性格によって考えている事は違い、行動を一致させることなど出来はしない。出来るのは配慮だけだ。曖昧な部分を許容し合い、互いにどう許容しているのかを知り合うことが共存する上では肝要となる。
「店の準備を急いでくれねーか? あの二人は酒豪でメタル製の肝臓なんだ。その上、酒癖も悪い」
「へー。 ファティマちゃんの方も知ってんだ?」
「ああ、お前も見ただろ。 時々、メンヘラを拗らせて刃物を持ち出すけど悪い子じゃない。ところでさっさと飲んで店に行けよ」
「へいへい」
クダチと暁 一条が男の友情を育んでいる最中、遥か上空を筥迫を掴んだコーラスが滑空してダスン教室に向かっていた。上の状況など知りもしないクダチだが集合場所に早く向かいたくて少しイラついている。
「オイ、少しは急げよ」
「急いでるだろ、足が痛いんだよ」
クダチ達はまだ数十メーターしか進んでいない。そんな矢先、少し先にあるセレクトショップから人が飛び出してきて何か喚いている、いや人でなく使者だ。そして店からセラフィムが出てきた、クダチは偶然にもリネンが低次を管理するために創造した『政務執行者』の到来を垣間見た。
「おい、何だよあれ」暁 一条はそれが茉莉花と同じ『天使の様なものがまた出た』と思って見入っている。
セラフィムがこちらを観て凝視する。
クダチは『オレか?、違う。人だ人間だ、捕まえる気だ』そう認識がフローするや否や暁 一条の頭のてっぺんの髪の毛を掴んだ。
「オイ、テメェー いっぺん死にたくなかったら、今すぐ駅に向かって走れッ」
「いてててッ、髪抜けるから引っ張んなよ、何だアレ男じゃねーかよ」
「テメェーをサプリにする石頭だよ‼︎ マジで走れよッ」
リネンが作ったセラフィムの特徴なのだろう、どれもギリシャの石像をモチーフとした彫刻的な見た目をしている。ただ今はそんなことは二の次の状況、それに追いつかれるどうこうの問題ではない。人間が逃げ切るなど不可能だ。
「オイ、そこの鉄パイプを取ってアイツをぶっ叩けッ‼︎」
暁 一条は言われるがまま、駐車しているトラックの荷台に積まれた足場材のパイプを手にした。
「おい、どうすんだ クダチッ、来たぞ」
筋骨隆々のまるで彫刻のようなセラフィムが迫りくる。
「フルスイングしろッ、フルスイング‼︎」クダチが暁 一条に怒号を上げる。
「くっそッ、知らねーぞ‼︎」そう吐き捨てて思いっきり振り切った。
人間程度の力でセラフィムを撃退するなど不可能だ。
「待ってたぜ、この時を‼︎ 見せてやる」
一期一会
つづく
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