第33話 賽の目は機微に触れ
今、ファティマが至高とするのは茉莉花を斬ったか否か。
面倒だな
ファティマに自己選択させなければ拗れる一方だ
この男を下の階に移動させるように仕向けなければ
「ではファティマ。この人の言う通り、店に行って話そう」
「なっ いい考えだろ。話して忘れて、思い出したらまた来てさ」
いちいち話しを被せてくるな
思い出せないように8時間ループさせておくべきだったか
拗れなければよいのだが
なんとかしてファティマより扉口に近づいて、交戦せずに対位を入れ替えようと窺っていた。茉莉花からすればファティマの神速も、階段の様な狭く折り返しが続く場所では優位性が打ち消されて
「動くなカラム=シェリム。人間よ、お前は先に下に降りていろ」
仰々しい刃物と化した手札をチラつかせつつも初志貫徹を怠らず、ファティマの視線は茉莉花を外さない。
ADAPTまで残り時間はちょうど10分を切ったところ。
「わかった、わかったから。店を開けてくるから。後でちゃんと2人で来てくれよな」
この均衡を傾けたのは暁 一条だった、ある意味では修羅場からの逃避慣れとも取れなくもない。どちらか片方だけ戻って来れば暁 一条の一人勝ちである。当然のことながら場所を変えて2戦目のレフェリーを買って出ることなど望んではいない。
「安全と監視のため店まで使者を同行させる」
「好きにしろ、人間に興味はない」
暁 一条がファティマの横を通り過ぎたのを見計らってクダチを放った。
「ファティマと話しが終わったら店に向かう。クダチ、勝手な真似をしないように長めにテーブルでも拭かせておいてくれ。後はダスンの練習でもして待っていればそのうち合流するだろう」
クダチはOKの返事と分かるくらい翼を撓らせて羽ばたいてから、ファティマを迂回して暁 一条の元へと向かった。
茉莉花もファティマの輪郭を焼き付けるように視線を寸分も外さない。
ファティマも別のことに思考を割く余地などない、互いに死活の明暗を分つ間合いにいることが功を奏した結果と言えよう。
「コーラス、茉莉花を頼むぞ」クダチはそう言うと暁 一条に同行してチャペルの扉を潜って行った。
茉莉花とファティマは互いに不動のままで立ち位置は変わらない。
「リネンはここに来ないのか? 」
「あの方は 6.0 haven の主人だ、低次に来ることなどない」
「そうか、忙しいならこちらから出向かなければ ──── なッ」
そう言うと茉莉花はチャペルの奥、祭壇の方に向けて疾走した。ファティマは扉を通り抜けると踏んでいたため、完全に虚をつかれて射程外に出してしまった。
ファティマを背にした茉莉花は祭壇の前に跪き祈りを捧げるフリをして見せる。
「なんの真似だカラム=シェリム」
既定外の行動が警戒を促し、ゆっくりと詰め寄らせるようにファティマのプロセスに手を加えた。
コーラスよ 筥迫を持ってあのダンス教室へ向かうのだ
今から8分が過ぎれば、わたしは展着を解きADAPTを狙う
それまでに施錠を外してクダチを待て
あのポータルを使って戻ってくるから頼んだぞ
茉莉花は羽織を脱ぎ、脇に放り投げると構えをとった。
「刺し違える覚悟はできているか ────
コピーした程度の記録では意味は分かっても意地は分からんか」
右手に纏った熾火は、その揺らめく
「お前を粛清することがリネン様への貢献なのは明白、お前に救済など訪れん」
ファティマも正眼に構えて互いの安全地帯を削り合い、死の際を探りあう。
茉莉花の幻黒灯火に晒され、ファティマも袖口の金具が青灰色に還元しはじめていることに気づいた。そこは
ファティマも今距離を取ればダメージは抑えられる事を身をもって知っている。近づけば近づくほど絞りきった収斂による苛烈な
死闘から『収斂』は茉莉花の手に浮かび上がる球体を中心に炎心コントロールしていることを学んでいた。茉莉花との距離が近いほど収斂を手元まで絞り炎心を小さくして発火力を保っている、と。
これは
脱ぎ捨てられた羽織からコーラスが出てきた。チャーチベンチの陰に隠れてファティマに気づかれずにチャペルの扉を抜けると改装中のダンス教室に一目散に向かった。
ここからでは5分もかからない距離
コーラス頼んだぞ
あとは、わたしの出目次第ということか ……
つづく
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