第32話 理不尽な来訪者の記憶と記録

 チャペルの扉口に立つそいつは逆光で顔が見えなくてもその輪郭が判別させる。

「何っ、どうしてここに来た」茉莉花の口から出た言葉は確認の意図ではなく思考の復唱。


 そいつは沿道から見える他人の結婚式に祝意を表すためだけに意気揚々と道路を横断してくる類の人間。そう、暁 一条だ。そして茉莉花にとって予期せぬ思考パターンの持ち主に他ならない。


「あれ、友達の結婚式かと思ったんだけど、違うの?」


ファティマは茉莉花から目を離さずに構わず続ける。

「お前を斬れば ”感触“ とは何を指し示すかのか分かるだろう」


 そのタイトで全身を覆うレザーのボディースーツは、各部位に取り付けられて締め上げたベルトがオブジェクトを強調し、ファティマたらしめている。その上、声もファティマそのものだというのに無駄に完成度が高いデジタル・バッド・ペーパーそのもでしかない。セラフィムである茉莉花には視認で区別がつく他愛ない代物。


 至然体とはいえ、クダチとコーラスにとっても目の前のファティマは序列上位者であろうはずもなく、どこか高精細でリアルな印刷物を目の当たりにしたような感覚だろう。


「アイツは何かヘンだぞ、何かが違うぞ」

「茉莉花さんやリネン様とも違い、使者でもない……」


 今のファティマ擬きを例えるなら『セラフィムと同等』『セラフィム同然』という二つ名がその偽造価値を高める褒め言葉だ。だがその偽造技術は高ければ高いほど悪質というのが現実の残酷さ。


「鏡を見て未だ昨日だと錯覚していなければいいがな」

茉莉花の皮肉もその完成度の高さを表している、とはいえセラフィムに近づきつつあるのは確。このファティマ擬きにセラフィムを解らせるまではいかなくても、御業擬きくらいは確認しておくべきだろう。クダチとコーラスに身を隠す様に促すと、茉莉花はファティマの四肢の動きを寸分も見落とさない。



「お姉さんも茉莉花ちゃんの友達なの?」

 暁 一条はそういうと名刺を取り出してファティマに渡そうとしている。その様子を茉莉花たちは一挙一動、固唾を呑んで見守っていた。


「お前に用はない、向こうへ行くがよい」ファティマはそう言って差し出された暁 一条の手を跳ね除けた。この動作を見た茉莉花はファティマがリネン製ではあるものの、一から創造されたものではなく【ZAIRIKU】の論理をオリジナルとするならば、その一部に手を加えて焼き直ししたものだと察した。


 わたしを仕留めることを最優先の任務として付け加えただけ

 急いだな、他の事など歯牙にも掛けないというのは好都合だ


「みんなでウチの店にでおいでよー、初回無料だからさ」

 ファティマは 暁 一条 など眼中にもなく、その視線は茉莉花を貫かんとばかりに喉元に突き立てている。暁 一条もやれやれ感を出して二人の間に立ち、なかなか試合開始の合図を出さない迷レフェリーとしての役目を果たそうとしていた。


 リネンは他にどんな任務を付け加えたのだろうか、恐らくそれは知り得なくても優先度は低い。一騎討ちを至高のもとするタイプのファティマ、そのための『お膳立てなら』如何にかできそうだと茉莉花は確信していた。


「ファティマ、聞け。その人を下の階へ移動させたい 」


 茉莉花は平和的に両手の平をファティマに向けつつも、その場を掌握して切り抜けること選んでいた。下に一緒に降りれば虚をついて通りの向かい側へ渡り、ADAPT することも選択肢に入れていた。茉莉花を逃したとしてもクダチやコーラスには危害を加えない、そして追う事もせずガブリエルの指示を仰ぐ事、ガブリエルは至然体の回収とレリジョンを優先させるために手出しをさせない事も承知していた。


 集中するんだ

 ファティマのプロットは、わたしのロストで任務完了だ

 後のことを、今考えるな



「君らってどいう仲?」2人を見ながら間に立つこの男が最も見ず知らずである。

「邪魔立てすればお前も斬り捨てて構わぬのだぞ」


 ファティマは新装された右手から刃物を出し、そこに威圧感を凝集させて異論を挟ませることを許しはしない意思を露わにしている。だが、人など斬る気は鼻から無い、無論、ファティマが試し斬りたいのは茉莉花だ。交戦になれば雌雄を決するその手札をここでチラ見せなどしない事も茉莉花はお見通しであった。



「関係のない人間を移動させたいと言っている」

「喧嘩するなって、オレを斬っても面白くなんてないだろう?  何かそれでいい事あるわけ?」 暁 一条 が被せて言ってきた。


 ファティマは好戦的な側面があるため、2人で畳み掛けるかたちになるのは望むところではない。話しが拗れる前に先にこの男を先に黙らせておくべきかと茉莉花も考察し始めていた。



「面白くある必要はない。求められるのは遂行したか否か、それが誉れの高さだ」


 これぞ目下の是非に傾倒するファティマの真骨頂というべきか。戦う目的も結果も求めていない、それは【ZAIRIKU】が判断するものとして貫徹を列挙するのみ。戦ったか否かにだけに価値をおくプロセス至上主義。



 面倒だな



つづく

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