第31話 祈りは警鐘を響かせて

「急いでいるんだ、ここで待っていろ」そう言い残した茉莉花は一目散に立ち去った。


「リネンの刺客かと疑うところだ、ある意味では驚きだな」

「茉莉花さん、感心している場合じゃ…… 」

「アイツ、無駄にしぶとくてループさせ甲斐あるからオレ好みだ」


 時間のロスもなく上手くまいて サンヒルズ サウスホテ の前に到着していた。ロビーに到着するとエレベーターはどれも中層階辺りで止まっていて先客も何人か待っている。屋上までノンストップでは行けそうにない。

「階段から上がった方が早いな」そう口にしたのは待つことよりも、その場に留まっていられない何かに駆り立てられてといった方が正しいのかもしれない。

非常階段を一気に駆け上がって茉莉花はその姿を地上から隠したのであった。




「ゼー ハーー ハエーーーッ 早すぎんだろ ーーッ ーフ ゥー 」

「ここら辺に向かった筈だ、急いでいるって言ってたな ーッハー ッ 」


立ち並ぶビルの底に沈んだその男は、辺りを見回し空を見上げる。


……サンヒルズ サウスホテル

「急いでいるって言ってたな、誰かの結婚式か?」


 ──── ある意味、運も確かのようだ 暁 一条 ────



何も知らない茉莉花は屋上に向かって駆け上がっていたのであった。



 屋上へと到着するとチャペルの上に小さな鐘があるのが見える。

その左方向、大通りを挟んだ向かい側に電信機器施設を屋上に備えて鏡面ガラスに覆われたビルがそびえた立つ。陽射しと風は緩やかで地上からの音も遠く、そしてDEST目的地に近い場所。


 高層階の屋上は茉莉花も集積されたイメージで確認したことのある景色、だが実際に目にすると違った様に見えるのが常である。重力があるからこそというべきか、地上から少し離れただけであるのにも関わらず、空に向かってではなく足下に引き寄せられることを認識させらる。高ければ高いほど『空に落ちることはない』と理解するには充分な経験であった。


「あと4分近くあるな、建物の中に入ろう」


 扉を開けると中は白壁とアンティーク材の木の色、ステンドグラスから艶やかな光が差し込み、祝福を受けるに足る心地良さが小さく纏まって静粛していた。


 幸い建物には人も居ない、並んだチャーチベンチに腰を掛けてその時が来るのを目を伏せて静かに待っていた。



 祈りの時だ。


 鐘の音は正午を告げて響かせた

 鳴り止むとその静けさが一層際立ち、この世界の明暗を演出する



教会の扉が開いて足音が近づいてくる、見なくとも歩幅でわかる。

まさかな、あいつがここに来るとは。


足が止まった。



「いや、あり得ることだな」そう呟き立ち上がり茉莉花は振り返った。



「ファティマよ、お前までリバイスに使われるとはな」



 そこには姿こそ『ファティマ』ではあるものの完全な異体、バージョンではなくヴァリエーション違い、この方が正しい言い換えだろう。

茉莉花との戦いで失った腕には強力な祝福を施したものへと換装されている。




「カラム=シェリム、救済されたと言うにはほど遠い ……

 だがお前には感謝しなくてはな。刺し違えたおかげで賽の目はまだ転がっている」


「その記録はコピーか? ここで得た ”感触“ はどうした」


 恐らくあの手は見せ物

 服で隠れた 肘、膝、爪先 から刃が飛び出すのは確実だろう

 ファティマの不器用さまではコピーできなかったようだな、リネン


 だが今は時間を掛けてはいられない状況ではない、時間内にADAPTできなければ明日の正午までクールタイムを強いられる事になるからだ。それに時間が経てば更に解釈違いの改訂版をリネンは出してくるに違いない。もし目の前にファティマが3体も並ぶことがあれば流石に茉莉花も口に出すだろう『面倒だな』と。



 それにもう一つ、ADAPTするまでに解決しなければならない問題がある。

クダチとコーラスをどうするかだ。本来、使者の状態であれば序列上位者の指示として何とでも出来た筈、だが、依然体となっているこの2名は茉莉花の指示だけで動く状況にない。ADAPTした先はリネンの待ち構える死地、そこについて来させずに別行動をとらせなくてはならない。


 この状況、曖昧な話しでは応じないだろうな

 だが議論をしている時間もない



「クダチ、コーラス 聞いてくれ」

そう口にした瞬間、チャペルの扉の向こうから此方に向かって歩いてくる奴の姿が茉莉花の目に映る。



つづく

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