第28話 依然体ならざる者

 次の二手で交戦することは確実となった。


初手

先ずは終端への呼びかけを行いガブリエルを呼び出す。


「ガブリエル 聞こえるか、応答してくれ」

「伝令です。 カラム=シェリム、貴方は現在、接続を許可されていません」

いつもの笑顔でガブリエルが姿を表した。


「ガブリエル、教えてくれ。 リネンがポータルを抜けたのは何らかのバックドアが存在しているのだな」

「現在 haven のセキュアは確保されています、貴方の使命は依然継続中です」


「あのホテルの鏡でリネンを真似てみたがポータルは作動はしなかった。バックドアは個を識別するようになっているのか?」

「カラム=シェリム、現在のステータスは“不正なリクエスト”です、オペレーション背信的追放者の焼滅を続行して下さい」


「そうしたいが、わたしには問題が発生している。

 継続には改修が必要だ。

 わたしのバックドアへのアクセス方法を知りたい」


「伝令です。 カラム=シェリム、指定された手順を実行できる場合に限り修復可として承認されます」

「可否を確認したい、教えてくれ」



 わたしのポータルロックの解除手順はなんだ?



 ・隣接する駅の調整中券売機で 大人1→404→# と押下おうかする

 ・商業施設へと続く連絡通路の下にいる使者から広告を受け取る

 ・広告を駅東側にある中央郵便局前のポストへ投函する

 ・サンヒルズ サウスホテル屋上の鐘の下で祈り鐘の音を聞く

 ・向かい側にある電信機器施設高層ビルの鏡面ガラスに接続する


 これらを1638秒以内に完遂させることで贖罪は果たされます ────



「交信は以上だ、ガブリエル」


 問題は祈りの鐘だな

 祈りの鐘とは正午の鐘、これを逃せば次は明日の正午となる

 正午まで、あと33分といったところか


 茉莉花にとっては手順を済ませるだけなら15分も必要ない。

ガブリエルとのコンタクトで残る一手を打つ必要がなくなってしまった。ここで手を出すのは無駄な操作と知りながらもマニュアル通りに熟すオペレートでしかない、だがだからこそ『ヒューマンエラーでは無い』と自己肯定力が茉莉花の行動を押し出す。


 わたしが今しようとしている行為に合理性などない

 当たる賭けに乗じるようなもの …… そう、安い上がりの目

 やはり わたしは至然体なのだろうか?


 だがな ────


「待たせるつもりはないんだ、リネン」



詰め手

茉莉花は ADAPT の所作をとった。



 今、茉莉花の集中力は時間を止めるほどに高まっていた。

自身を映し見た鏡の下腹部に波紋のような揺らぎが見えはじめている。



既に躱わして擦りもしない、完全に見切っている。

コーラスも茉莉花の動きを見てすかさずカーテンから手を離すと、躱した矢がセラフィムに変幻した。


茉莉花は熾火で試着室ごと鏡を破壊したが、文字通り矢継ぎ早に繰り出された次の矢も鏡を通り抜けていた。変幻した2体のリネンの傀儡(Nearly Seraphim)が立ちはだかり茉莉花を強襲する。


万全の茉莉花は2体の攻撃など軽くいなす。



一体目の杭を躱して膝裏を蹴り膝まづかせると、もう一体の傀儡の脇腹に熾火で覆った右手の手刀を差し込む。体勢を崩した傀儡は目の前の燈火にその使命をくびり取られようとした、その瞬間だ。


背を向けて膝まづいていた方の傀儡が、茉莉花を目視もせずに右腕の熾火が纏っていない部分を正確に後ろ蹴りで跳ね上げた。

明らかに視野をリンクしているかの挙動。


「──── からリバイス新約改訂したか」

茉莉花が傀儡を横目に呟くと2体は一対であるかの様に構えをとった。



 セラフィムの力をみくびるなよ




後のことなど考えていない茉莉花は、熾火の収斂しゅうれんを次元を歪める域にまで練りあげていた。同格のセラフィムでもない限り“焼き切り”を宣告されたも同然、灰も残さぬ勢いだ。


リネンの傀儡は、たじろぐ感性のつくりさえ未だ発展途上にある様相。今に限って言えば焼滅の恐怖がないことは唯一の救いなのかもしれない。



 茉莉花が描く熾火の軌道は人工的でありながらも予期することは不可能、それは鋭利な思考そのものを体現させたかのように直進と屈折が織りなして集光する。


この光路に言葉をあてるなら『堕灰だかいすら許さぬ一火ひとつび』というのが似つかわしい。セラフィムの所業に畏怖すべきが本来の正しい姿なのである。



6.0 haven にいざなうのもセラフィムなら、焼尽させるのもセラフィム。

そしてその使命は果たされれば傀儡など存在はしない。



つづく

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