第25話 逃げは選択、回避は一手

「茉莉花‼︎」クダチとコーラスが全速力で飛んできた。


 敵わない、ここから逃げなければ ……



 次の矢は放たれた ────

水面に落ちた一粒の貴石が小さな波紋が描くようにリネンの吹く死追しついの讃美歌は矢紋やもんを描く。


死追の矢が迫り来る前に何とかよろめく身体を本棚の影に押し込んだ。しかし矢もセラフィムに変幻するとその視線は茉莉花を捉え続けていた。


逃すつもりは無いようだ。



「クダチ、コーラスっ、離れるんだッ」


は判決を下した異端審問官がガベルを叩くかの如く、手に持った杭を茉莉花の首元に振り下ろす。


辛うじて両手で杭を防いだものの、あり余る威力に地面に倒れ込んでしまった。

セラフィムは姿を消した、それは次の矢が放たれることを意味する。

仰向けに倒れてしまった茉莉花を起こそうとクダチが必死に背中を押して羽ばたく。


「茉莉花さん、次の矢がきます!」

「茉莉花、起きて構えろッ‼︎」


「2人ともッ 翼に掴まれ‼︎」そう言うと窓を突き破ってビルの外へ飛び降りた。



落ち際に飛び散るガラスの破片を熾火で薙ぎ払い、追尾してきたセラフィムに叩き込んだ。背に受けた矢を払い退けるのがやっとで一矢報いたというには遠く及ばない。

それに飛べる筈のないただ威厳を名残るために近代化した小さな翼では真っ直ぐに落ちるのみ。


空から転げ落ちて地面に伏した茉莉花の目に人々の足元がおぼろげに見える。

周囲の通行人たちが騒ぎはじめた、幸い未だ驚きの余りか遠目から騒いでいるだけだ。しかしここで集まりだすと収取がつかなくなる。


「何だ‼︎ 全裸の女がビルから飛び降りてきたぞ」

「背中に羽つけてイカレてんじゃねっ」

「どうしたのあの人、チギレてるの?」

「誰かーー 救急車に連絡を‼︎」


 人だかりが出来る前にここを……足の再生に集……


目の前の革靴が詰め寄りしゃがんで声をかけてきた。

「あの時のお姉さんじゃない?」

まさかのあのホストだ、随分と縁があるようだ。


「何がどうしたらこうなるんだ?」突き破ったビルの窓に視線を向けている。



[テンプレート選択中]


「DVな彼氏から逃げてるところで…上着を貸していただけませんか?」

「怪我が…… 何で羽が生えてんの⁉︎」


【ZAIRIKU】のテンプレートもアテにならないな


「礼はするから上着をよこすんだ」足の再生が覚束無いながら立ち上がってそう言うとホストの上着を掴んだ。

「わかった、わかったから。飲み過ぎかよ」男は茉莉花にジャケットを渡すと、茉莉花はすぐさま羽織ってボタンを掛け胸元を掴み寄せる。


「お姉さんも夜職の人?」

「クダチ、まだ遣らなくていい」最早恒例になりつつある。

「どこか人が来なくて、全身が映る鏡はないかな?」

「ああウチの店ならさっき閉めたばかりで客はいないし、こっちだ」



 四の五の言う時間はない。

セラフィムが街に溢れ出して大混乱を招くのは火を見るより明らか、そして茉莉花自身も危機の淵に足を取られて引き返せない所に差しか掛かっていた。繁華街の路地を抜けて店の前に着くと男が茉莉花の方を向いて言った。

「自己紹介させてくれないか」

「何の話しだ、後にしろ」


「俺はここ Destiny Nation の4強の一角、 あかつき 一条いちじょう。 君の血液型とか当てていいかな?」


「茉莉花さん、もうスリープして貰いましょうよ」

茉莉花はコーラスに手でまだだと宥める仕草をする。


「で、何型なんだ」

「絶対 B型だよね、違う?」

「ああ、そうだ」(適当)

「そうだと思ってんでだよね、特別なタイプだし」

「そうでもない、そのうち至る所で見かけるようになるだろう」


 ひっ迫したこの状況で弾ませる必要のない会話に苛立つのが人である、だが幸いセラフィムである茉莉花は、人に対して寛容的に振る舞うことを必然としできていた。


「ところで……」そう言ってスマホを取り出すと

「今バズってるこの体重計、オレも最近ちょっとさ」そう言って自分の脇腹を掴む仕草をして画面を茉莉花に見せてきた。

「あっ、そう言えば連絡先ってまだ聞いてなかったよね」そう言い残すと気を失って崩れ落ちた。


茉莉花にしては労りのある軽めのボディーブローである。



男から鍵を取り出して店内に入ると、この 暁 一条 と語る仕事で疲れ果てた男をソファーに寝かせて店内を見回した。入り口付近にある全面ミラーの前にその姿を映すと、こんな鏡でも向こう側に向かって銀の糸が伸びているかのように映り込んでいる。


 何故ここの鏡も……、どういう事だ?


 鏡を見る茉莉花の目には杭を打たれて傷んだ胸の修復が終わりつつあった。

鏡に対して危険を察すると筥迫を除外して再展着を済ませた。替わりにこの店の鍵を展着して袖に仕舞うと、化粧室の鏡を確認した。


「ここも同じか」鏡から離れるように化粧室を出た。


恐らく鏡という鏡が 6.0シックス haven とショートしているとみていいだろう。

「茉莉花、本屋はどうするんだ?」

「店員が2人いましたが……」

「そうだな、リネンも戻ってくるとは思っていないだろう」


茉莉花は借りていた上着を男にかけると店を閉めて再び本屋に戻ることにした。



つづく

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