第23話 使者は往来できずとも

 ポータルがある建物の向かい側に茉莉花たちは立っていた。


「待つのか?」クダチが袖口から顔を覗かせて作戦を確認した。

《向こうに動きがない限り特別な事はしない方がよいでしょう》

「そうだな、もし異変があればここからでもわかるだろう」


敢えて此方から騒ぎを起こす必要はない。それに街中の至る所に鏡はあって、どの鏡がポータル化されているのかはガブリエルでなければ解らない。今でさえ、ガブリエルが茉莉花を感知していてもおかしくはない状況、『けしかけてこないのは何故だ?』と自問自答をさせて思考を鈍らせるつもりでいるのなら効果は覿面であった。


 少しだけ短い無限の時の刻みは、開演の合図を待つ茉莉花にその針の先をチラつかせて焦燥感を抱かせる。静かに見守る事を選択すれば自ずと時の移ろいを認識しはじめることになる。いつしか歪んでしまった思考を不変のあるべき姿に添わせては撫でつけることを無意識に繰り返す。

時として時間軸という目盛はたわんだ思考を引き揃えることを強要し、丁寧に伸ばされたことによって帳尻からハミ出して尻尾の様になった余りものが自我を象徴とするものとなる。


既定路線から外れたことを正そうとするあまり『いっそハミ出したものを切除できるなら』と切望したのであれば、その先にあるは自己の書き換えでしかない。

書き換えを繰り返す事により本来の自己へ戻りたいという意識も相対的に大きくなって頭を垂れはじめると、至然状態への坩堝るつぼがその旨みを貪り喰らおうと口を開けて待ち構える。



 それが本来の自己にもっとも近いはずであるのに ────

 トカゲが尻尾を自切するように真似てみれば保身できるのだろうか?


 トカゲが再生させた尻尾は元あったものとは異なるそうだ

 そういう者たちは何れまたを再生させる、もっといびつに、更にじくれた




誰からも可視されることもなくは脊椎をつたい、脳髄に根を張って鎖を巻きつけるように重くて鈍い不協和音を協奏しはじめることだろう。


そうだ、それが終焉へ向かう序章。



 尻尾を切れない者、歪に再生された尻尾をもつ者

 至然体の淵をそれ等がいつまでも渦巻いて歩いて行く


 その淵に沿って歩みはじめている

 戻れなくなる前に、引き込まれてしまう前に ────


 この時間をわたしから切り離してくれ




「茉莉花さん、入り口開いた様です」コーラスが茉莉花に開演に時間を告げた。

「クダチ、コーラス周囲の探索を頼む」開店直後で客足も少なく把握は容易だ。


急いでエスカレーターで2階へ上がると非常停止を押して後続する客の足止めすると、2階からエレベーターに乗り1・2・4階のボタンを押して目的の3階フロアで降りた。空になったエレベーターが4階へと上昇していくのも見送らずに、立ち並ぶ本棚を迂回して 鏡の扉ポータルの真横となる並びに移動した。


手が届くところにあるポータルは直ぐに答えてくれる。



この先は一歩通行か否か……、やるのは今だ。



つづく

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