第22話 不文律は叡智の一端

 使者の通り道、あのポータル鏡の扉を確かめよう ────


「茉莉花、オマエって何で締め出されたんだ?」

「わたしは【ZAIRIKU】の意思を取り計らう代行者だからだろう」


クダチやコーラスは帰還を考慮されていない常時実行型パッシブタイプ、低次に於いて決められたタスクを繰り返す事が定められている存在だ。そのためセラフィムとは異なり【ZAIRIKU】との繋がりは始めから途切れているに等しい。



「アイツが統治すると言ったてし派閥争いみたいなものだろ?」

「少し違う、今のわたしは【ZAIRIKU】の規範による実行形態、謂わば使命を成したデプロイでしかない」

「それがリネン様ではダメなのですか?」コーラスがリネンの統治を肯定するのは仕方のないこと。


《そうあってはいけません。【ZAIRIKU】は 6.0 haven の規範であると同時にその執行者でもあるのですから》



【ZAIRIKU】──── それは言語化すら必要としない。



本来は、意思を伝えたり特定の民族や住み処でのみ通じる暗号。


言葉以外にも文字や絵、記号、ジェスチャー、彫刻に至るまでありとあらゆる伝達手段を一粒の了知としたことで、全ての生命に等しく対話することを可能とした超越した存在。


それこそが【ZAIRIKU】の本質とも言える。


その叡智は、緩やかに収束する個体を等しく救済するためにCODE社会的規範を創造して遣わせる。それがセラフィムや使者であり、茉莉花である。



 リネンが序列の最上位者となれば今後創造されるセラフィムや使者も

 人と同列のもとして救済するだろう、それは正しいに違いない


 だがそれは意図せずとも【ZAIRIKU】が残した異常実行状態となる

 そうなれば『わたし』は殻だけを残して消えることを意味する

 ファティマが終焉を求めた理由は同じようなものだったのだろうか……



 ──── ここに放たれた小鳥はどこにも行けず、目の前の紐に掴まるだけ ────



 夜が明ける前に DEST目的地 に落ちよう

 それでいい、判断はするな




「少し休んだら早めに出発しよう」茉莉花は窓の外を眺めいた。


夜が深く傾いて序奏を響かせはじめている。

思考の流れに逆算はなく、流れ落ちる速さは依然として保っている。思考の澱みは実効速度に影響を与え、動きを硬直させて遂には落鳥を覚悟しなくていけなくなる。



 そして時の刻みはひとしく世界に告げた。

「出発しよう。扉が開く前に」ここを発てば解はなくてもそれが答え。


市街地を駆け抜ける茉莉花は、直線的でいつものらしさを映しているかのようだ。ターミナル駅付近に到着したのは、始発電車から降りる就労者が各々の通うべきに向けて足を運ぶいつもの光景の真っ只中。


『これから起ころうとしている事を知らず天の火に滅ぼされ』という語り口はいつの世も存在する、それは往々にして『罪深き』と異端審問で定めた価値観や裁量で断罪した際の後付けでしかない。そして後世に残った者達がその後付けの御託を再評価しようとしがち、だが、今回に限ってそれはない。


リネンは人めかしく優しくとも決して甘美なものを帰結とはしない、確実に淘汰せる。

正しくすべての生命を平等に摘み、そしてすべての生命を平等に愛でる。


それはまるで方舟に乗せる達を選別するように、新たなhavenへ導く者のように。


すべてのと平等に愛されるということは疎むとも均さを強いられるということ。

それは愛されないこととも等しくなり、すべてを愛でることの本質となる。

選別されたものは永遠に報われることのない欠片として時の刻みに注がれていく。それが例え歪みあった欠片同士でひしめき合い引っ掛かり合っていたとしても燦々さんさんと降り注ぐ欠片にいづれ押し潰される。

いつしかオリフィスを潜れる一粒となることを望み、流れ落ちる。



茉莉花たちはあの本屋があるビルの向かい側に立っていた。

選ばれることのなかったものとして、語られることのないものとして。


リネン=ヒムが忘れたの片付けは未だ済んでいない。



つづく

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