第14話 不乱に仄めく影

 目の前で リネン=ヒム の残した痕跡が今にも潰えようとしている。

少し上段にある階段手すりに括りつけられたサンキャッチャーが未だ光を蓄えて輝きを保とうしているのを茉莉花が見つけると、クダチはすかさず取りに向かった。


このガラス瓶のくびれから、砂粒はすべて滑り落ちて過去となってしまった。もうに落下するものすらなく、その名残りさえ忘れられてしまいそうだ。


「リネンよ、相手の姿形、どこに向かったのか、何でもいい話してくれ」

「30代くらいの女性、黒のパンツスーツ、髪は黒のロング、左手には時計 …… 革の……」


だがしかし、ここはオフィスが集中する都心部。その特徴のないスタイルはあまりにも多勢に無勢、17時を過ぎれば人も使者もひしめきあってごった返す。そうなればマリシャスダンテとの接触は困難を極める。


「その女性はここの駐車場に車を止めているのか」


「こ…には交…する……に入りま…た 向かい…細い道……を………」

リネン=ヒム の意思ともいうべき痕跡は、ここで潰えて消え去った。


「これが消えるまで再展着次の憑依はない」茉莉花はそう言うとクダチから受け取ったサンキャッチャーを袖に仕舞い、出入口へとまっ直ぐ階段を下りた。立体駐車場を出れば目の前にあるオフィス街の側道を行き交う烏合の衆ともいうべき使者に人。


「クダチ、コーラス、手分けして片っ端にエフェクトをかけて リネンを探索するんだ」


茉莉花を中心にエフェクトがソナーの様に張り巡らせて周囲の人型を探知し、何者なのかを選別しながら足を進めていく。



探索をしながら茉莉花は『痕跡が消える時に、その棺となった体も消える』ことに何故か引っ掛っていた。


憑依先となった体にはマリシャスダンテとなった リネン=ヒム が収まっている。ガブリエルは、わたしが会ったのはリネン=ヒムにだと言っていたがそれは誤りだ。

憑依した体には収まりきらない部分、リネン=ヒムの善意が押し出されて実体を失ったものを追っていると考えるのが正しい。



 次第に時が経てば悪意のみが残るだろう

 このままでは悪行への裁きだけがリネン=ヒムに残ってしまう

 高潔な貴方には報いが必要だ、貴方自身の全てを失ってしまう前に

 善行への報いが



「茉莉花、アイツにはエフェクトが効かないぞ」クダチが見つけた。

リネンから聞いた外見が全く異なるその女性は、角を曲がった少し先にあるコインパーキングで佇んでいる。足元がグラついて明らかに挙動がおかしい。


 警戒して近づくと


     ──── 幼生体を抜き取られた使者だ。

 


「なんだと⁉︎ まやかし。いや、まだ近くにいるぞ」


ビルに囲まれた車が4台止められる程度の閉塞した空間。視界が暗転したかの様な緊張の高まりが、そこに茉莉花たちを閉じ込めた。



急襲を警戒せざるを得ない状況に完全に足止めさせられてしまった。

「逃げられたな」茉莉花から溜め息をする様に言葉が漏れた。


「まだ気を抜くな‼︎ 緩んだところを刈りとる気だぞッ」クダチは茉莉花に警戒を怠らせない様に発破を掛けると、

「茉莉花さん、まだ付近全てを探索できていません」コーラスもまた茉莉花の身を案じて手綱を緩めてはいない。



  のは明らかだ

  だがもし、そのプレッシャーだけでこの場に張り付けられている

  わたしの中のリネン=ヒムが わたしを



  ──── 格が違う



「警戒を怠らず雑居ビルまで戻ろう」体制を立て直し、ガブリエルが情報を得ていなか確認することを茉莉花は選択した。


事後判断しか出来ない、完全に後手。

だが焦るな何も失ってはいない、サンキャッチャーもまだ茉莉花の手中にある。追う側が取り残されて焦り焦りに勇むのは愚かな行為、とにかく危険を避けて無事に雑居ビルまで退却するのが今は最善。


リネンとの接触は次善と切り替えた茉莉花は、速やかに行動に移した。



つづく

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