第11話 失せし日は扉に鍵を

 茉莉花たちはあの清掃員の使者と落ち合った本屋の前に居た。

「4階から下に向かって見て回ろう」

この階にはいないことを確認すると、下の階の捜索へと移る。


ここには 6.0シックス haven が常用する鏡の一つがある。

何の変哲もない鏡、だが知る者にとってはいつ何時そこからセラフィムや使者が抜写して姿を現しても不思議ではない鏡の扉ポータル


 鏡の向こう側に見えるのは左右反対の世界に映る茉莉花の姿。閉ざされた鏡の更に向こう側をじっと見つめても開かれる事はない、目を伏すと同時に振り返って歩みはじめた。



後ろから見られている ────


 向こう側にいるな

 此方を見ている 映ったとしても ここから繋がりはしない

 そうだろうな

 観察している 監視している


「傍観的な立場で」 茉莉花は呟いた。


鏡は冷たく立ち去る茉莉花の背中を写しているに過ぎない。


「茉莉花さん、あの鏡に何かあるんですか?」

「顔が怖いんだよ、茉莉花」

「ああ、わたしならいつもの事だ」


 完全に統治され、既定され、約束された場所、それが 6.0 haven。だがここでは誰もが不条理な出来事の対象者となってしまう。そのくせ、すぐに忘れ去られて部外者扱いになるのだからタチが悪い。


「行こう」茉莉花は振り返りはしない。



 更に下のフロアへと移動したが、あの使者は何処にも見当たらない。だがソナーのように張り巡らせた探索力は駅からショッピングモールへと直実に捜索範囲を狭めていく。それは潮が引いて岩礁がんしょうが全貌を晒すように、やがては使者をタイドプールへ囲い込むだろう。


「あそこの屋上広場にいるんじゃないか?」

クダチは『かもしれない』と何らかの期待感を抱いているようだ。茉莉花たちはショッピングモール内の吹き抜けから下層フロアを一望しながら、使者を見逃さないようにゆっくりと屋上へと移動した。


 屋上に到着すると地面から水が飛び出す遊び場で子供達が親に見守られて遊んでいる。地面に空けられた幾つもの穴からランダムに水が飛び出し、それを踏んづけようと躍起になってはしゃいでいる。地面の穴を覗き込んで水が出るのを待ち構えている子供の顔に予定通り水が噴射される、そういうものだ。びしょ濡れで大笑いしている、そういうものなのだ。だがこれは既定などというものではない。過去の経験から結果を予期していたとしても、面白い何かなのだ。それは茉莉花には分かり得ない何か。そして【ZAIRIKU】が求めてやまない何か。


 屋上のへりに近い離れたベンチにクダチが期待する通り使者が座っている、コーラスは不思議そうに聞く。

「クダチさん、なぜ分かったのですか?」コーラスはそう確認した。

「オレもここの屋上広場によく立ち寄ったからな、オレ等ルーパーはそういう風になるんじゃないかな」


「傾向があるというのは初めて耳にする」茉莉花も知らなかったかの様子にクダチは優越感を滲ませた。



【ZAIRIKU】は一体ここに何を見出したというのか ────



つづく

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