第9話 成り果てた催芽

 一際眩い光を集める雫型のオーナメント、その滑らかで丸みを帯びた表面が室内を映し込んでいる。


「6.0 haven に交信を」茉莉花には珍しく口をついて出た。


「私が改修した者も一緒に 6.0 haven へ連れ帰って欲しいのです」

「ああ、わかった」茉莉花は頷いて応えた。


「茉莉花、コイツのモツ抜きは出来ないのか?」クダチがそう言うと、扉の前に立っていた大男の使者の背後に隠れていた幼生体が姿を現し懇願する。


「この方を助けてください」

「我らセラフィムは不可能なのだ」



 リネン=ヒムよ、他にわたしに出来ることはないか?



 僅かに残されていた時を傍で過ごすと、茉莉花は集まっていた使者達を元の任務に就かせて、リネン=ヒムが救った幼生体を連れてもと来た道を戻ることにした。


来た道を戻るといっても、それは帰路といえる様な当てがあるわけでもなく、次のDESTが指定されているわけでもない。とにかくポータルに接続しなければという気負いが茉莉花の足を進める。



「オマエなんて名だ?」クダチが聞くと茉莉花も袖口を覗き見る。


「私は大勢にダブリング昌和をさせる機能を担ってましたので、リネン様は私の事をコーラスとお呼びになっていました」


「そんなにかしこまるなよ」クダチがそういうと

「貴方はなぜカラム様にもぞんざいな態度なのですか?」



 コーラスはもとより至然体ではない

だが独自の思考を抱いていることは確かである。幼生体となった後に発現したのだろうは恐らく、リネン=ヒムの回復への希求ききゅうが至然状態へと向かわせたと確信は無いながらも茉莉花はそう結論づけていた。



「わたしの事は茉莉花で構わない、わたしもコーラスと呼ばせてもらう」

「わかりました茉莉花様」

「様ってガラじゃないんだよ、茉莉花って呼んでやれよ」


「クダチは口が悪いわけではない」と茉莉花も援護する。

「そう口が悪いわけではない」クダチも復唱した。

「至然体なんだ」

「そう至然体なんだ」


 クダチもそう復唱するとコーラスは目を丸めた。



「今絶対、悪意あったよな」クダチはそう言うとジト目で茉莉花を見ている。

「コーラス、クダチは良い仲間だ。わたしもそうありたい」

茉莉花の何気ない言葉にコーラスは、リネン=ヒムに似た凛々しさを感じとっていた。



 駅の近くの繁華街まで戻って来た時にはすでに深夜に差しかかっていた。看板、放置自転車、赤いパイロン、店の入り口、この光景が永遠と続き人は絶えず、店の前に立つ女性達、男性、その殆どが人であり歓楽を作り出す事に勤しんでいる。



 ここは人間の密度が高い社会


    ────トラブルも多くなる




 何人かの男性が屯っている。茉莉花たちがその横を通り過ぎようとした際に1人の男がぶつかる様に飛び出してきた。

しかし男には茉莉花が空間移動でもしたかの様に感じたであろう、茉莉花に抱きつき損ねた形をして突っ立っている。


「茉莉花さん、ここから早く離れましょう」コーラスは過去の出来事がそう言わせている。茉莉花も呼応する様に足を速めた。


 後ろの方で茉莉花に抱きつこうした男をグループの1人が揶揄すると周りにいる大勢が一斉に同じ様にからかっているのが聞こえた。



「今のダブリングさせたのか?」クダチは茉莉花の肩越しに後ろの様子を眺めながら聞いた。

「はい、そうです」コーラスは袖口から白いヌイグルミと並んで外の様子を眺めて返事をした。


 声が大きい1人の言った事に対して同調したかの様に一斉に同じ事を言う者達、人の社会を扇動する上では茉莉花の御業より遥かに強力だ。


 不意に聞き覚えのある声が茉莉花を呼び止める。



つづく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る