第4話 幽けし偽りの姿

 未だ黒みが帯びる前の赤く小さい血痕も、幾人もに踏み歩かれるフロアのカーペットとあっては馴染むのに時間は掛らないのだろう。


そんな達観した表情の茉莉花を横目に繰達くだちが言う。

「あのクレーンゲームの少し右側に白いヌイグルミがあるだろ?」

「ああ」茉莉花もその白いヌイグルミに目をやった。


「2日前に中の景品が入れ替えられてアイツ白いヌイグルミはその時、機構上取れない位置にあったんだ。それでも何度も取ろうと繰り返すヤツ等が何人もいて、」  

「人はそういうものだとされている」茉莉花はそう解答した。

「ああ、だからアレを取ろうとしているヤツを見かけた時は1分ほどループしてやるんだよ」


 ちょうど話しをしている目の前でクレーンゲーム機をしはじめた女性が4度繰り返して立ち去った。茉莉花は繰達の話しに耳を傾けつつも周囲の異変にも気がついていた。


その時、少し離れた場所から先ほど聞いた声を察知する。

目の前に二人の警察官が歩み寄り、茉莉花に向かって職質をする。

「君はこの人の知り合い? 何かイベントでもあるのかな?」

そう言うと次の瞬間、何事もなく立ち去って行った。目の前を歩く通行人、雑貨店を出入りする人、同じ人物が入り混じっている。


 この辺りの幾人かは繰達によってループさせられている。

オーバータブ多重記録させているのか?」茉莉花が問うと

「そうだよ、ループした世界でもループする存在」

「上書きされた記憶はどうなっている」

「さっきの警察官はその部分の記録が抜け落ちてるだけだ」


 記録がなければ記憶として引き出す事さえ失ってしまう────

「ループを解除し 6.0 haven へ帰ろう」茉莉花は立ち上がった。


 繰達は名残惜しそうにクレーンゲーム機を見つめながら立ち上がり、その機能エフェクトを停止させた。雑貨店から出て来たカップルがクレーンゲーム機をやりはじめると、あの白いヌイグルミを獲って彼女に手渡していた。



「ループさせた後、懲りずにまたゲーム機へ戻ったヤツがいたんだよ」

繰達がカップルを遠目に話しを続けた。

「クレーンゲーム機の間を通り抜けようと走ってきた子供が、そいつとぶつかってケガをした。幸い子供が鼻血を出した程度で済んだがな」



「親が怒ってちょっとした騒ぎだ」

「ループさせた事で起きたのか、させなくても起こったことなのか」

そう返す茉莉花もその答えを断定することはできない、しかし繰達が関与して起こったのは事実として認識していた。


 ここから近くの鏡がある場所に誘導するため、もと居た場所へ向かおうとしていた時に不意に繰達が呟いた。

「ぶつかった拍子にさ、あのクレーンゲーム機にもぶち当たったんだよ」

「だからさっきのカップルが獲れた、ただそれだけのこと……、でも何だかなーって」


 繰達のこの言葉に茉莉花は至然状態の進行を感知していた。

面倒なことになる前に改修し 6.0 haven への帰還を急がねば、そう思考する茉莉花の目に紳士服売場の試着室が入ってきた。

何着か服を取って繰達に渡すと、試着室に入るように促した。


茉莉花も一緒に試着室に入り繰達に鏡に向かって展着を解くように言った。展着を解いた繰達は言うなれば素体の状態だ。


「そのままの状態ではポータルを潜る事はできない」

そう言うと茉莉花も展着を解き、熾火の力を右手に集め繰達の背中を貫いて白い卵のように丸まって動くもの掴み出した。


──── 使者の幼生体である



核(使者の幼生)を抜かれてた繰達は脱ぎ捨てたストッキングの様に床に小さく纏まって表も裏も分からない状態だ。鏡に写る自身を通し 6.0 haven に終端への呼びかけをはじめようとしたその時 ────


二人の様子を伺っていた売場店員がカーテン越しに声を掛けてきた。

「失礼しますお客様。試着室の蛍光灯と売場の光源によっては見え方が違ったりしますので、是非フロアの鏡でご覧下さいませ。サイズのお直しも賜りますので」


店員に怪しまれた感はある、しかし繰達も返事を返せる状態ではない。

ようやくポータルが透けはじめた。


「伝令€す。現在ポー※ルと接続が不安定$$€

 現在、接&€困難 ※${時間をおいてから改め<&£$※£&$下さい」


6.0 havenとの交信が途絶えて鏡が茉莉花を写すだけのものになった。



「お客様、お客様。失礼いたします」

と店員がカーテンに手を掛けた。



つづく

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