都市熾天

第3話 ループせぬB格者

「今、何をした」

茉莉花はそう言って御業であろうものが何か確かめようとした。

「オマエ何だよ、さっきから。6.0 havenの使者か？」　　　　

「そうだが」

「使命は継続している、問題でも？」

そう言うと至然体はまたベンチシートに座った。

至然状態であることを本人が自覚する事はまずない。しかし即座に熾火の力を使う必要もない、と判断していた茉莉花は至然体の隣に座った。

「他に代わりをする者は ──」

「そんなヤツはいない」遮ったように答えると至然体は続けた。

「使命は終了か？　オレは帰るのか？」

　使者にどの様な思考が発現するのかは解らない、しかし茉莉花もこの至然体を改修した際に中断される影響が、どの様なものなのか理解しておく必要があった。

「わたしは 互平（ごひら） 茉莉花（まつりか） ここには調査で来ている」

「ここでは何を担当をしていたか知りたい」氏名を名乗ると被せて聞いた。

「ルーパーだよ、茉莉花さん」二人称が変わった。

「ルーパー？　詳しく知りたいけど、ここに居ては少し目立つな」

茉莉花は警察官の格好をした至然体を見て言ったものの、本人も言えた格好ではない時代錯誤な装いである。

「ここから移動したいのだけど、ルーパーさん」

「ルーパーは名前じゃない、時品（ときしな） 繰達（くだち） と名乗る様に指示されている。ここから動きたくない、使命も継続中だしこの椅子に座ってあのクレーンゲームを見てたいんだ」

そう言うと至然体となってしまった『時品 繰達』は雑貨店に設置されたクレーンゲーム機を再び見つめていた。

　この至然体が、目の前のクレーンゲーム機に並ならならぬ意識を向けているのは明らかに独自思考のそれに他ならない。だがしかし茉莉花はそれが何であるのかを理解する必要はなく、ただ改修による弊害さえなければ後は【ZAIRIKU（ザイリク）】が為すべきことを為すと確信しているのであった。

　しかしながら至然体の使命が何であったのか、警察官に声をかけられた時に察知した御業の一つであろうものの正体は知らなければいけない。

「時品さん。いつからここに居て、今は何を作用をさせるのか知りたい」

「1891日目だ、【ZAIRIKU】の望みはこの辺りの一定の場所で日々同じ事を繰り返している人々に対して ＜何をしていたか記憶にも残らないことを繰り返しさせる＞ 事さ、言わばその補助」

「それは習練か何かを実行させてるのか？」

「習練なんて考えてる様なヤツにではなく、ただ生きているだけのヤツに僅かながら記憶にも残らない時間をループさせて自己崩壊を抑制させている」

「それでも自己崩壊するヤツはする」繰達は付け加えた。

　人は産まれてから全ての時間軸に記録されたものを記憶として引（・）き（・）出（・）せ（・）な（・）い（・）様になっている。そうしなければ膨大な無駄な記録が虚無感を増長させて自己崩壊へと繋がるからである。睡眠時間が無記録なのもそのためであり、偶に見る夢がすぐデリートされて曖昧になるのも、その仕組みに起因しての事とされている。

無駄を認識すればするほど時の刻み、うつろいを感ずるものである。

永遠と続く＜止めどない時間＞をただ一括りに＜無駄に過ごした時間＞と記憶にタグ付けされれば自責の念に駆られることも稀というもの。

「そのループを解けば何分で自己崩壊がはじまりそうだ」

「直ちに影響は出ない。人というのは個体差のバラつきが大きく 6.0 haven なら殆どがＢ格品だよ。無駄な時間の長さに気づいたヤツが頑張り過ぎなきゃいいけどな」繰達は笑う様に喋った。

　この者の使命はもう終えている

　本来の使い方と類似してはいても

　それは詮無きこと

「我々と違い、人はそれが正常で至然状態ではないそうだ」

茉莉花は諭すように至然体 時品 繰達 にそう告げると

「そうか セラフィムなんだな茉莉花さんは。オレは ……

依然状態なんだな」繰達は自問自答するように応えた。

「6.0 haven へ帰ろう」

茉莉花の寄り添うような口調には序列上位者への定理以上に繰達を突き動かすものがあった。

フロアの床にはまだ小さくて赤い血痕を茉莉花は観察していた。

つづく