第5話 codaは系譜となりて

「失礼いたします」

紳士服売場の店員は試着室のカーテンに手を掛けたその瞬間『時品 繰達』だった抜け殻codaは高次へと誘われていったのであった。


勢いよくカーテンが開く ────


 面倒だな

 この状態ではすべてに問題アリといえる状況だ

 安心して羽も伸ばせん、仕方ない


カーテンが開くと同時に茉莉花は鏡に映る自身の姿に異装いそうを再展着させ、小さく鼓動する『使者の幼生』を袖に仕舞うと何事もなく振り返った。


「お客様? ん?」

「わたしには少し大きかったようだ」


茉莉花は試着のために取った衣服を店員に手渡し、そう言うと受け取った店員も不自然には思うものの手慣れた様に返した。


「失礼しましたお客様、どういったされかたを?」

されるのはまだ先のようだ、安心してくれ」


そういうと茉莉花は怪しむ店員を背に何事も無かったようにすぐ近くのエスカレーターを下り1階へと向かった。



 6.0 haven に交信を試みる度に展着を解くのは合理的ではない。

展着を解くのに鏡は必要ない、しかし自身にイメージを展着させるには全身が映る鏡が必要となる。周囲に誰も現れることのない場所を確保する事が先決である。



1階フロアに着いて間もなく、左袖からモゾモゾと動く繰達が顔を出した。


「ここは 6.0 haven ではない」茉莉花は言う。

「茉莉花……どうなったんだオレは?」


「至然体は異端とされるためポータルをくぐれない、だから改修した」

そう言うと帯飾りとして新たに展着させていたシマエナガのあの白いヌイグルミを繰達のいる袖にそっと入れた。


「ここで騒ぎを起こすこともない、並んでいれば気づかれても騙しやすい」

「あぁ、これはあのクレーンゲーム機と同じヌイグルミだ」

そう言うと繰達はヌイグルミと横に並ぶようにして袖から顔を出して外の様子を窺っていた。


「茉莉花なぜ 6.0 haven じゃない」

「接続不良のようだ。どこか安全な所で交信を試したいのだが」


 ここ数日、断続的に発生する磁気リコネクションによる小規模な太陽フレアが原因とされ一般的には数日以内に収まるとされる。とはいえ、試着室やトイレの姿見で何度も試す訳にもいかない。安い姿見が雑木林に捨てられているのはそういう事なのだろう、それは騒ぎを起こした後でいい。


「いつもは何処で過ごしているんだ?」

茉莉花は1892日目を迎えようとしている繰達に聞くとヌイグルミが喋っているかの様に後ろに隠れて声がする。


「この辺りの繁華街を歩いていれば昼も夜も関係ない、人けのない時は駅前の交番に行って中のヤツ等には長めのパトロールをさせて、オレ様が代わりに交番を見張っててやったのだ」そう言ってヌイグルミの横から顔を出した。


「アイツ等、帰ってきたらクタクタですぐ仮眠室で寝てたよ」

「ああ、そうだったか」そう返す茉莉花は少し笑った様にも見えた。


 繰達のような低級使者は常時実行型パッシブタイプの使命を負うことが殆どであり、帰還の事まで考慮されてはいない。任務停止の必要がある時は茉莉花などのセラフィム達が機能を停止させるために 6.0 haven から訪れる。


必然的にセラフィムの多くは改修を伴う使命を負うことが大半である。このため繰達の様に現地で張り付く使者とは異なり、特定の行きつける場所を持ち合わせていないことが通常である。


「どこかに全身が映る鏡があって、人けのない場所を知らないか?」

「向かいのビルに最近閉鎖されたダンス教室があったな」

「そこに行って使えそうか確認したい」茉莉花は案内を頼んだ。


ショッピングモールに沿って大通りを迂回して歩く茉莉花はここ低次に溶け込み、誰もが皆『何でもない何者か』であるのと同様に背景の一部として映っていたに違いない。


茉莉花たちは目的のビルのほど近くにある交差点で信号が変わるのを待っていた。



つづく

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