お年玉争奪1on1

うたた寝

第1話


「それではこれよりルールを説明する」

『よいお年を』は言ったけど『明けましておめでとう』って言ったっけな? というくらいのあやふやな感覚。ついさっき年を越して寝たばかりの気もするが新年の挨拶もそこそこに初日の出と同じくらいのタイミングでやってきたのは地域の体育館。エプロン姿で脇にバスケットボールを抱えた母親と体操服を着た娘・京子は向かい合っていた。

 ルール説明、のその前に……、


『駅伝どこが勝つと思う?』

『あー、やっぱ王道ならこの辺だよな』

『けどこの辺とか台風の目になりそうじゃない?』

『あー、ダークホース的な? 確かに』


「そこ。もうちょっとやる気と興味を出せ」

 まったく興味無さそうに体育館の端で体育座りをして雑談を始めた父と兄を注意する京子。しかし、半ば家から強引に引きずり出され強制参加させられた二人のテンションが上がるわけもなく、


『そーは言われてもなー』

『元旦の朝に早起きして初詣に行くならまだ眠気も我慢してやる気も出すけど』

『素人母娘の1on1なんて見せられてもなー』

『ねー』


 うるさい、こっちにとってはお年玉が掛かっている大事な1on1なのだ。

「ノリの悪い二人は置いておいて続けるぞ?」

「そうですね、薄情な二人は放っておきましょう」


『『ひでー言われよう……』』


 付き合っているだけ十分優しいと思うんだけど……、とぶつくさ文句を言っている男ども二人は放っておいて、母親が説明を続ける。とはいえ今年は説明と言うほど複雑なルールはない。

「今年のお年玉の決め方は実にシンプル。我が家でプチブームのバスケで決めるわ。つまり1on1で決める。貴女が勝てばお年玉贈呈、負ければ無し! なお、棄権も認めるわ。その場合は1万円贈呈ね」


『何か今棄権するとか言った?』

『そしたらいよいよもって俺たち何しに来たんだろうね?』

『その時はこの辺にあるボールでドッジボール始めて投げ付けてやろうぜ?』

『いいね。準備しておく』


 何か恐ろしいことを言い始めている二人の声は聞かなかったことにして、

「その言い方から察するに、勝ったらもっと貰えるってことですか?」

「もちろん。その金額は何と! どるるるるるる」

「どるるるるるる」

 母娘揃って下手くそなドラムロールをした後、

「10万円っ!!」

「あー、10……、10万っ!?」

 一瞬単位で誤魔化されたものかと思ったが違う。母親はしっかり『円』と言っている。つまりしっかり日本円の10万なのである。

「闇バイトでもしたんですか?」

「失礼ね。何でそうなるのよ」

「じゃなきゃそんな大金家に用意できるわけないでしょっ!!」

「パパは確かに安月給だけどそれくらいのお金あるわよ失礼ねっ!!」

 グサァーッ!! と。突然の巻き込み事故でいきなり刺された父親が胸を押さえているのは放っておいて、用意できる、のは分かるが、それでもその金額をお年玉に設定してくるなんてずいぶんとまぁ羽振りがいい。

「でもバスケするとなると私の方が体格的に有利じゃない?」

「………………まぁ」

 そう? と言いかけたのをとりあえず飲み込んでおく京子。確かに背は母親の方が高いわけだし、何となくハンデがもらえそうな流れだったので文句も言わずに黙っていると、

「私が3本先取するまでの間に1本でも貴女が決めるか、私を止めたら貴女の勝ちでいいわよ」

「…………なぬ?」

 体格的に母親が有利、とは言っても、それはあくまで比較的背が小さい京子と比較して、の話。母親の身長自体は平均よりちょっと高いくらいだろう。バスケット選手と比較すると小さい方。にも拘わらず、ずいぶんと京子側に寄り添った条件である。

「ずいぶん破格の条件ですね……?」

「お年玉ですもの。サービス、サービスぅ!」

 怪しむ京子の目線に対して、どこかのミサトさんのような返事をする母親。なおさら怪しい。ひょっとしてバスケ経験者か何かだろうか? いや、この前バスケの試合をテレビで見ている時、ポジションの名前も怪しかった気する。ホントにサービスなのか? いや、怪しい……。

 京子がキナ臭そうに母親を見ていると、ボールを数回股に通してみせてから、

「見せてあげるわ。ママちゃんスイッチを」

 何だその比江島スイッチみたいなスイッチは。あれどこにあるのかいつ発動するのかも誰も分からんのだぞ。

 この浮かれよう、単純にプチブームのバスケをやってみたいだけなのだろうか? にしてもずいぶん金額が……、うーん……。と多少悩んだ京子ではあったが、

「いいでしょう。受けて立ちます」

 何かきな臭さは感じつつも、ここまで舐められた条件を出されて引きさがっては女が廃る。



 じゃんけんの結果、母親が先攻となった。バスケ未経験者の京子としてはデュフェンスの仕方もオフェンスの仕方もテレビの見よう見まねの知識程度しかない。

 一方、同じくバスケ未経験者だと思われる母親なのだが、オフェンスのポジションについてもなお、その強気の姿勢を崩すことがない。

 ずいぶんと自信満々だな……、まぁ3本中1本でも止めれば京子の勝ちなので、1本目くらいは様子見も兼ねて、お手並み拝見といきますか、と京子がゆる~く構えていると、

 スパァァァンッ!! とネットを切り裂くような音がした。

「へっ?」

 呆然と振り返るとリングを通過したと思われるボールが床でバウンドしていた。

 もう一回言ってみる。

「………………へっ?」

 何が起きた? と事態が今一歩飲み込めなかった京子だが、やがて母親にもう点を取られたらしいことをゆっくりと理解し始めた。

 す、スリーポイントシュートだとっ!? 正気かっ? 一本でも外したら負けという局面でわざわざスリーポイントシュート!? な、何て奴だ……っ!! 比江島選手の名前を語るだけのことはある。ベネゼエラとの一戦を彷彿とさせるスリーポイントシュ―ト。

 これはいよいよ感じていたきな臭さが現実味を帯びてきたぞ、京子は頬っぺたを叩き気負いを入れることにする。



 気合いを入れはしたのだが、京子のオフェンスはあっさりとブロックされた。母親の真似をして開始早々スリーポイントシュートを狙ってみたのだが、あっさりとブロックされた。

 が、京子とてバカではない。入る入らないは別にしても、母親の守備位置との間合いを見て、ブロックされない距離、と判断して打ったハズなのだが、それでも母親の手にブロックされた。

 初心者の京子が単純に間合いを読み違えた可能性は十分にあるのだが、あれ、届く距離だったか? と不満を持つ京子。

 しかしいつまでも引きずってなどいられない。切り替えは大事である。母親の二度目のオフェンス。先ほどとは違い、いつスリーポイントシュ―トを打たれても大丈夫なように注意して構えていると、

 母親が不意に目の前から消えた。

 さっきまで目の前に居たハズなのにどこ行ったっ!? と思っていると、背後からボールがバウンドする音が聞こえた。その音でようやく、今抜かれたのだ、ということを京子は理解した。

 抜いていった母親を目で追うと、母親はリングに向かって跳躍をしていた。

 へっ? いや待て待て待て。それってつまり……、と京子が呆然と見送っている眼前で、

 ガコォンッ!! と豪快にボールをゴールに叩き付ける母親。そう。いわゆるダンクシュート、ってやつである。

「………………はっ?」

 理解が追い付かず、ただ口から言葉が漏れた後、ようやく理解が追い付いてきてもう一回、

「………………はぁっ!?」

 と叫ぶ京子。いや待て待て。ちょっと待て。これは不正だ。不正である。どこの世界にダンクを決める空飛ぶ母親が居る。それにさっきのスリーポイントシュートといい、絶対に初心者ではないだろう。

 京子が不公平だ、と猛然と抗議をすると母親は、

「やーね。初心者よ。何なら帰宅部よ。調べてもらえれば分かるわ。ただ、」

 エプロンを付けた母親は照れるように口元を押さえると、それでも誇らしげに胸を張るように、


「初めてやるスポーツでもオリンピック選手とやり合える程度の運動能力は持っているけどね」


 何のスポーツでもいいから今すぐ全日本目指せ。専業主婦なんてやっている場合ではない。

 これはマジで比江島選手とやり合っていると思った方が良さそうだな。そしたらこっちは体格的にも似ている冨樫選手をこの身に宿すことにしよう。手を天に上げ、何かを自分に下ろすような仕草をする京子。


『あいつらバスケ好きだよなー』

『この前のW杯からドはまりしているみたいだよ』

『そーいえば、W杯現地に見に行ってたっけ?』

『行ったはいいものの試合のチケットは取れずにマック食べて帰ってきたみたいだけどね』

『何それ。せめて現地のもの食べてこいよ』

『ね。俺もそう思う』


 ええい、外野がうるさい。

 さて、冨樫選手となった(気分の)京子はドリブルを試みるが、恐ろしく早いチェックに戦き、ボールを取られないように逃げ回るので精一杯。

 ゴールに近付くことはおろか、ゴールの方に体を向けることさえ叶わない。スリーポイントライン辺りでボールをキープしていて、何とかゴールに向かいたいのだが、京子のバスケ未経験者の直感が告げている。これ、一歩でもゴールに近付いたらボールを取られると。

 しかしこのままではズルズルゴールから遠ざけられるだけ。一か八か、ゴールに背を向けたままボールをゴールへと放るが、

「苦し紛れに打ったシュートが入るほどバスケは甘くないわ」

 初心者が偉そうに……っ!! とは思ったが、こればっかりは正論。ボールはリングにかすることさえせず、明後日の方向に飛んで行って床でバウンドする。



 決められたら負け、というお年玉がかかった大一番ではあるのだが、これ、もう勝てなくね……、と言わんばかりに京子のモチベーションは下がっているかのように、デュフェンスに覇気がない。

 そんな京子のデュフェンスを見て、母親は手の上でボールを弄んだ後、

「どのスポーツでもそうだけど、相手が諦めた瞬間ほどつまらなくなるものはないわね」

 そう言って母親が試合を決めるべくシュートの構えを取った瞬間、京子の目がキラーン! と光ると、

「どのスポーツでもそうですけど、勝ったと慢心した瞬間ほど危ない時は無いですよ」

 グオンッ! とここ一番の跳躍をしてシュートのブロックに飛ぶ京子。

 母親のドリブルを止めるのは諦めた。あの速さを止めるのは京子には難しい。だがシュートであれば、打とうとした瞬間苦し紛れに反応する程度のことは可能。止められるかはともかく、相手のシュートの精度を落とすくらいの邪魔はできる。

 ただ、比江島選手と化した母親のシュートを普通にブロックしに行っても躱される可能性は非常に高い。だからこそ、試合を諦めたかのように装い、相手の油断したシュートを誘発させた。

「く……っ!!」

 母親はとっさに状態をそらし、京子のブロックから距離を取ってシュートを打とうとする。

「苦し紛れに打ったシュートが入るほど甘くないんでしょっ!?」

「甘いわね……っ! 貴女が飛んでくることくらい読んでいたわよっ!!」

 本来のシュート姿勢より大分崩れたように見えるが、それでもまだ母親のフォームとしては許容範囲の崩れらしい。なるほど。流石だ。だけど、

「読んでいたのは『飛ぶところまで』でしょっ!!」

「な……っ!?」

 体をそらせば京子と十分な距離を保てるハズだったが、体をそらしてなお、京子の体はシュートを妨害する位置に居る。これは、

「私が体をそらしたからいいものを……、そらしてなければファールじゃないっ!!」

「どうせ決められたら負けなんです……、だったらファール覚悟で止めにいくぅっ!!」

 生憎、京子の負けず嫌いは母親譲り。そうそう素直に自分から負けなんて認めてやらないのである。母親は嬉しそうに、

「そうね。貴女は試合終了一秒前で100対0でも諦めない女だもんね」

「それは流石にその試合は諦めます。けど次の試合に活かしますっ!!」

「ぐぬぅっ!!」

 想定より京子の体が近いせいでかわしきれてはいない。しかしもうシュート体勢に入ってしまっている。今さらシュートは止められない。

 それでも母親はブロックから逃れるようにシュートを放るが、

 チッ!! と京子の指先にシュートが触れる。

「「…………っ!!」」

 止めた、というほどではない。指先がボールにかすった程度のこと。しかしバスケのシュートはリングを目掛けて飛ばす緻密で高精度なシュート。指先に触れる。たったそれだけの誤差ではあるが、シュートへの影響は計り知れない。

 乱されたシュートはネットにそのまま吸い込まれはせず、リングに当たる。しかし落ちてはこない。リングの上で数回バウンドした後、じらすようにリングの周りをクルクル回っている。

 落ちるのか……、入るのか……。

「「………………っ!?」」

 結末や如何に……っ!?

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