ドラッグストアには人生が揃っている

 放課後、妙な使命感と共に学校と駅の間に通るドラッグストアへ流れた。

 エナジードリンクは、母が飲んでいる滋養強壮なんちゃらの栄養ドリンクや、胃を強くする奴やビタミンを取れる奴など、茶色い小瓶ばかりのオープンケースにまとめられていた。ドリンクコーナーにあると思い込んでいたから見つからず戸惑ったが、店員に聞こうとしてレジに近付くと、サッカー台の隣にあったのだ。

 ここには四種類のエナジードリンクが置かれていた。スタンダードなもの、ゼロカロリー、違う味など、一種類の中にもいくつかタイプがあるものの、デザインで四種類と分かった。


『バイパーボルト』

 あちこちで見かける、稲妻のような蛇が描かれたパッケージ。ネットのあらゆるエナジードリンクランキングを覗いても決まって一位に君臨するアメリカ発祥のやべー奴で、日本人が飲みやすいようマイルドに調整されている。

 誰かの格言なのかポエムなのか分からないうるせぇメッセージが刻まれており、よく見ると各缶違う文だが、言ってることは大差ない。要するに「人生に刺激を!」みたいな話だろうが、トップアスリートや著名人も愛飲しているため間違いはない。

 愛飲者もバイパーと呼ばれ、嫌な偏見を持たれている。


ちょうえつしずく

 神々しい名前が達筆で描かれた日本産のエナジードリンク。

 カフェイン量は少なく、気軽に飲める栄養ドリンクというイメージが持たれている。何と無炭酸で、若者より中高年をターゲット層にして開発されたそう。

 ここにあるということは需要がある、ということのはずだが、セールスポイントがどれも中途半端さを強調しているだけのように思え、素人未満の僕もつい苦笑してしまう。

 エナジードリンクではないかもしれない、というのは超越ノ雫に当てられたレビューだったはず。


『コーク・ビースト』

 王手飲料メーカーが手掛けた、誰もが知るコーラや炭酸フルーツの味をベースに開発されたエナジードリンク。

 コーラ味に限らず、どのタイプもアフリカの草食動物がシルエットとしてデザインされている。

 後手とはいえ味は馴染み深く、値段もエナジードリンクより炭酸飲料の方に寄せていることから、コスパが特に評されている。

 いずれはコーク・ビーストが覇権を握ると豪語する派と、「子供向けの雑魚カフェインジュース!」と愚弄するバイパーが対立しているらしく、確かにこのオープンケースだけでも超越ノ雫が控えめに映るほど、バイパー軍とコーク・ビースト軍は色鮮やかで目が疲れる。


 順に試していけば違いが分かり、舌と胃に合うものがどれかも見えてくるかもしれないが、とにかくエナジードリンクを飲んでみたいだけの僕からすればこれと決まっている。

 比較は対岸の火事。無知ほど苦悩しない。迷いなくバイパーボルトのスタンダードなものを手に取った。

 アスリートも愛飲、高麗人参、値段からして何も得られず230円を薬みたいな香り漂う茶色い池に放り捨てるだけではないはず……と、躊躇いを感じつつもレジに並ぼうと決意する。


 見落としに気付いたのは、決意した直後だった。


 両軍が年寄りを置いて覇を競うのを傍観し、ネット評を思い出すうちに忘れていた。

 エナジードリンクは四種類。「新登場!」と書かれたシールが貼られていなければ、そも、気付かなかったかもしれない。


『CHANGE MY LIFE』


 かすれた白い横文字は、缶商品として致命的ではないか、正面から見るともう『ANGE MY LI』だった。

(チェンジマイライフ?)

 アンジェマイライを左手に。怪訝に缶を回した。

 デザインが良くない。バイパーのスタンダードと同じ黒基調のパッケージ、地味、手に取ってみたくなる面白さがない。

 無個性だ。栄養成分などの細かい文字だけ虹色なのが腹立つ。そこじゃねえだろ。

 これはない、と思うも、先にこの不出来な新商品で悪い経験をし、後日バイパーでお口直しをするのも選択肢……。

 エナジードリンクを体感したいだけの半端者は迷い、結局バイパーも不出来も戻してオープンケースから離れた。

 スマートフォンで『チェンジマイライフ』と検索。

 やばい、死亡、カフェイン量……など、あるあるなワードが尻尾に掛かるも、飲み方を誤らなければ問題ないからレジ近くに置かれているのだろう。

 検索結果より流れてきたエナジードリンク有識者のSNSによると、『CHANGE MY LIFE』はキューバ発祥で、日本で販売されるようになったのはつい先日とのこと。

 SNSで検索するも、「飲んだ人は感想求む!」とか「日本人が飲んだらヤバそう……」といったものばかり。感想らしきものは出てこない。ネットで覆える範囲では『CHANGE MY LIFE』を飲んだ日本人はおらず、いつからか背に冷たい感覚があり、幻を見ているのではないかと不安に思った。

 それでもオープンケースに戻ってきた。

 改めて『CHANGE MY LIFE』を手に取ると、今さっき調べたこいつの特徴が小さな虹色で記されていた。

 僕が一番こいつを知っている。誰もこれについてよく知らない。

 背が冷たいのか熱いのかよく分からない妙な気分に陥る。

 初エナジードリンクが、得体の知れない、評判が何も無いものを選ぶのは……大丈夫なのだろうか?

 栄養ドリンクたちと同じ場所に置いてあるのだから、少なくとも体には良いはず。飲めない味だったら損だけど……と惑うも、それはどのエナジードリンクにも共通する問題だと気付き、吹っ切れた。

 よし、決めた。

 悩むより先にレジへ。『CHANGE MY LIFE』をチェンジし、ベタベタ指紋を付けたバイパーボルトを再び手に……。


「中くん」


 尊い声音に、チェンジは止められた。

 いつも僕から挨拶し、返ってくる彼女の短い言の葉。逡巡する背中に誰が立っているのかは明快だった。

「絵鳥さん」

 教室でも駅前でもない。

 ドラッグストアに絵鳥さんがいる。

「もしかして!」

 絵鳥さんは無言で頷き、オープンケースからエナジードリンクを取った。

 瞬間、大きな間違いを犯したことに気付き、血の気が引くほど胸が苦しくなった。

 絵鳥さんの愛飲はバイパーボルトだ。

 なのに、僕の手には、得体の知れないエナジードリンクの中で、より得体の知れない新商品がある。何がチェンジマイライフだ。230円で変わるかぁ。

 大袈裟と思えない。取り返しのつかないミスだ。

 偏見だ。偏見だ。

 それでも、バイパーはバイパーボルトしか認めないものだと、深く印象付けられていた。

 迂闊な僕などに構わず、絵鳥さんはここからいなくなる。

 ……そう思っていたから、俯く顔を覗き込まれているような気配がすると、より首が重たく感じられた。

 恐る恐る顔を上げると、彼女はまだそこにいた。

「それ、飲んだことないの。良ければ感想教えて」

 絵鳥さんは言い残し、立ち尽くす僕を置いてレジに向かった。


 ドラッグストアを出てすぐ一口。バイト前に一口、後に夜風を浴びてゴクゴクと。

「チェンジマイライフ……」

 誰も見ていないところで、都度、そう呟いた。

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