第3話 小悪魔ビッチ
今日も俺は教室で一人、この学校で誰よりも机に真摯に向きあっているであろう、ぼっちである。
本日の休み時間は1人で黙々と読書に励んでいる。
この文庫本のタイトルは...何だ。わからん。
そう。俺は実際には本を読んではいない。だからタイトルも覚えていない。
この授業と授業の間の休み時間を乗り切るために、読書に集中しているフリをしているだけだ...。
「ぼっち君、昨日めちゃくちゃカツアゲされてたんですけど」
「見た目通りかよぉ」
「ハッハッハッハッハッハッ、まじで受けるなそれ!」
そう。今の俺にとっての読書とは、こういった次々と自分の耳に入ってくるつまらない陰口、もとい雑音をシャットアウトするためのツールでしかない。
ただただ意味を考えずに文字を読むことがコツだ。
これこそが、俺が身につけた数あるぼっちスキルの一つ。エアー読書である。
そして、案の定ではあるが、今も聞こえてくる雑音の主は奴ら。クラスの中心は自分たちであることを疑わない、イキりにイキった男達。榊や守谷、高砂たちだ。
どうやら昨日の俺が受けたカツアゲの話で盛り上げっているみたいだ。
奴らの腐りきった汚い笑みをみて、俺を昨日も俺のことを嘲笑っていた高砂たちのあの表情を思いだす。俺を心底バカにした薄ら笑い。
思い出しただけでも腹が立って仕方がない。
「まじで情けねぇよ。あんな奴らに絡まれるとか」
「カツアゲされるとか、もう人として終わってんだろ」
「俺ならあんな感じで絡まれたら我慢できずにイっちゃうね。停学上等だよ」
そして、榊達の顔をいつも伺うことしかできない、これまたどうしようもない中途半端な糞共も、あいつ等に同調しながら俺に冷ややかな笑みと視線を向けてくる。
そんな光景に、あのチンピラどもに目もあわせられず、無言で逃げる様に改札を通り抜けていった榊達が俺の脳裏には甦ってくるが、こんな奴らの陰口相手にするだけ無駄だ。いや、俺の耳にしっかりと届いている時点でもはや陰口でも何でもないか。
とりあえず、こういうのは無視することが一番だ。
変に相手にして、昨日のことが誰かにバレてもことだしな。
「なぁサヤ、今日は俺らと一緒に帰ろうぜ。お前は目立つんだし、さすがに昨日の今日で俺も心配だからさ」
そして、気が付けばそんなもっともらしいことを言いながら、シャドーボクシングの素振りをしている榊の姿が今、俺の目に...。
「ヒュー。榊くん、かっくい~」
その横には慣れた相槌でその榊のことをいつもの様に持ち上げる高砂。
「おう。サヤ様のボディガードはこの榊にお任せあれ」
心底、この光景をしょうもないと思ってしまう俺がおかしいのだろうか。
こんな男がモテる理由も、人気がある理由も到底俺には理解ができないし、理解したくもない。
「ん~、確かにこわいけど、今日は大丈夫かなー」
そして、すぐにその榊に対しての相手の女性からの返答が聞こえてくる。
そう。いかにも男が好みそうな、あざとめの声色を出す女の言葉が。
ただ、ちょっとその返しは俺の想定していたものとは違った答えだ。
思わず、そんな彼女の返答に対して、榊がどんな表情をするのか気になってしまった俺は、読んでいるフリをしていた本から一瞬だけ目線を外す。
するとそこには、誘いを断られたくせに何事もなかったかのような澄ました顔の榊。
まぁ、いつもなら二つ返事でOKの二文字が返ってきているはずだしな。
「え? でも、マジで危なくね? サヤは超可愛いんだしよ」
「ふふっ、心配してくれてありがとー!でも、本当に今日は大丈夫だから」
とりあえず、さっきから俺にとっては心底どうでもいい会話が聞こえてくるこの状況に、俺は再び手に持つ文庫本の中に視線を戻す。
戻すが...まただ。
さっきから意味がわからない。
俺はあらためてまた、そっとその感じる視線の先に目を向ける。
すると......そこにはさっきから榊とやりとりをしている相手である山本サヤの姿。
何だ。
不思議だ......というか正直怖い。
勘違いかと思ったりもしたが、こうも何度も同じことが起きれば、勘違いではないことはさすがの俺でもわかる。
そう。実は俺は、この山本と今日、何度も目が合っている。
山本サヤ、榊達と同じクラスの上位グループに位置する女性。
麻栗色の髪に、恵まれた容姿をもった男ウケのするあざとい女。
一般人ながらSNSでのフォロワーの数も凄く、最早下手な芸能よりも影響力のある女子高生インフルエンサーだ。
俺は心のなかで、そんな彼女のことを【小悪魔ビッチ】と呼称している。
理由は単純に常に周りに男がいるから。事実彼女のフォロワーもそのほとんどが男。
容姿がいいことはもちろんのこと、特にその甘ったるさと妖艶さを兼ね備えた声と喋り方に、この前もasmr動画で投げ銭が飛び交っていた。
いつもの様子を見ている感じでは、榊や高砂なども、この山本に好意をもっていることは間違いないだろう。
まぁ、山本のあざとさを見ていれば榊達が山本を好きになってしまう理由もわからなくはない。山本にあの笑顔で甘ったるい声をかけられ、ボディタッチを連発されている男達を見ていれば、彼女の男をたぶらかす技術のすごさは嫌でもわかる。
ただ、あらためてよくわからないが。
そんな山本と俺は今日、何故か朝から本当にによく目が合っている...。
2年生に上がってこのクラスになってからもう3ヶ月ほど時間は経っているが、今まで一日たりとも山本と目があった記憶が俺にはない。
なのにだ。今日は5回以上、なぜか彼女と目があっている。
そして、それだけなら、まだ良い。
それが、さっきなんて目があった瞬間、ニコッと俺に向けて彼女は微笑んできたのだ。
俺は当然、彼女に微笑まれるようなことはしていない。
無論、今の今まで、その山本に声をかけられたことも、笑顔を向けられたことも、俺の記憶にはないし、実際にない。
彼女からすれば、俺は本当に空気と同等の立ち位置にいる存在だろう。
クラスメイトであると認識されていたかすらあやしいレベルだ。多分、冗談抜きで名前すら知られていないはず。
それが、これだ。
とりあえず、こんな意味のわからない状況に、彼女に笑顔を送りかえすなんてことをするほど俺もバカではない。意図も動機もわからないが、何かの罠である説も大いに考えられる。
だからだ。無表情で机に顔を埋めて寝たフリをする。
今の俺にできることは、ただそれだけだ...。
でも、本当に何なんだ。
わけがわからなさすぎる。
★★★★★★★★★★★★★★★★
どうもです。
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強欲ですみませんが、次話を書く励みになりますので(*^-^*)
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